3人しかいない教室。
窓は大きく開け放たれているけれど、
入ってくる風はぬるく、雨上がりの土の匂いが
混じっている。
床に広げた大きなベニヤ板を囲んで、
らぴす、みかさ、メルトの3人は、体育祭の
クラス看板を仕上げていた。
「……はぁ。結局、最後まで残ってるの、俺らだけになっちゃったね」
みかさが、静かな教室を見渡して、
小さくため息をついた。
放課後のチャイムがなってから、
もう一時間が過ぎている。
他のクラスメイトたちは、「部活があるから」
「塾の講習が…」と、申し訳なさそうな顔をしながら
一人、また一人と帰っていった。
「いいんじゃない? 人数が多いと進まないし。
…特に、うちのクラスは口だけ出すタイプが多いからね」
メルトが、作業をしながら淡々と言った。
「…ねえ、らぴす。
そこ、青色にするんじゃなかった?」
隣でハケを動かしていたみかさが、
俺の手元を覗き込んで、声を上げる。
俺はハッとして、筆を止めた。
無意識に、紫色に塗っていた。
「らぴす、マジでそれ、心音先輩の看板じゃないからね!? 」
「あはは…ごめん、つい」
少しだけ視線を落として、熱を帯びた頬を隠すように筆を動かす。
「心音先輩への執着を看板にぶつけるのはいいけど、
…あんまり塗り重ねると乾かなくなるよ。
……体育祭、来週なんだから」
メルトはそう言いながらも、
俺が塗り残した細かい部分を、何も言わずに
完璧に修正してくれた。
「…メルト、ありがとな」
「別に…。
やるなら本気で取り組みたいだけ」
素っ気ない返事。
けれど、メルトが手にしているパレットの隅には、
メルトが独自に調合した「影」の為の色が作られていた。
そっと、その色を置くと、看板の文字が立体感を持って浮き上がってくる。
メルトのそういうところ嫌いじゃない。
むしろ、安心する。
____明るい夕空は、確実に完成へと近づく看板に
残光を投げかけていた。
____
それからしばらく、教室には筆が板を擦る音と、
遠くで、練習に励む運動部の掛け声だけが響いていた。
「……できた」
みかさが筆をバケツに突っ込み、腰を伸ばしながら
小さく声を上げた。
看板の中央には、力強い書体で
俺たちのクラス名が、躍っている。
メルトが修正してくれた縁取りのおかげで、
素人目に見てもかなりの完成度だ。
「……明日、みんな驚くよ。
…こんなに看板が変わってるんだから」
「これだけ頑張ったんだから、当日は絶対晴れてほしいよね。
……らぴす、また心音先輩のこと考えてるでしょ?」
みかさに不意を突かれ、俺の手元がぴくりと跳ねた。
片付けようとしていた絵の具のパレットに、自分の指が触れてしまう。
「さっきからずっと、ボーッとしてたし」
みかさがニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んでくる。
図星だった。
「…わかったよ。認めればいいんやろ。
……先輩のこと、考えてたよ」
開き直ってそう言うと、二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それから同時に吹き出した。
「…早く帰ろ。
俺、ゲームしたいし」
メルトに促され、俺たちはカバンを肩にかけた。
廊下に出ると、開け放たれた窓から夜の冷たい風が
吹き込んできた。
先刻までのぬるい湿り気はどこかへ消え、代わりに、
来週が晴れることを、予感させる
乾いた夜の匂いがする。
____重たい看板を仕上げた達成感を抱え、俺たちは夜に溶け始めた校舎を後にした。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!