サンラスコ城では、秋の収穫を祝う豊穣祭が開かれていた。
王都の貴族たちはほとんど全員が参加するほどの一大行事で、年頃の子どもを持つ家なら“結婚相手探し”の場としても重要な祭りだ。
そんな華やかな場に、辺境から来た私はぽつんと浮いていた。
家門は王都でそこまで知られておらず、むしろ“悪い噂”の方が目につくほどだ。
「ほら、例の令嬢よ。ハクラコ辺境伯の娘なんだって」
ヒソヒソと聞こえる声を、私は宴会場の隅で皿を片手に聞き流していた。
落ち込むべき場面ではあるのだろうけれど――私の頭は別のことでいっぱいだった。
「わぁ……料理もすごいし、騎士様の筋肉の動きが見事ですわ……」
小さく呟きながら、私はハムっと一口食べる。
濃厚なチーズの香り、肉汁が溢れる絶妙な焼き加減。
この調理法、どうにかして領地へ持ち帰れないかしら……と考えた瞬間、領民たちの顔が浮かんだ。
(……早く帰らなきゃいけないのに。でも魅力的なものが多すぎる……みんなに申し訳ないわ)
「お嬢様。本来の目的を忘れていませんか?」
深いため息と共に現れたのは、私の家庭教師・フリズ男爵夫人だった。
有名な教師でありながら、父との古い縁で私を預かってくれた人。
厳しさの裏に深い愛情があり、私は心から尊敬している。
「結婚相手を探しに来たんですよ? 苦労して招待状を取ってきた私の身にもなってください……。胃薬が手放せませんわ……」
「分かってるわ。でも実際、近づいてくる人なんていないじゃない。噂もあるし、この状況で探す方が難しいわよ?」
私はまた皿を取り直して食べた。
父には“誰でもいいから婿を見つけてくれ”と頼まれ、継母には泣かれ……あれは断れない。
ハクラコ辺境伯領は国境を守る重要拠点だが、噂されるのは“野蛮”だの“筋肉の領地”だの、ろくでもないものばかり。
実際、領民には狩人や傭兵が多いし、動きやすい質素な服が主流。
国境の山には盗賊も潜み、貴族を狙う事件も起きる。
だから皆、身軽で強い。自警団も組織し、我が家も兵士を送っている。
それでも領民は明るく気さくで、私を“家族”のように扱ってくれる。
その姿を思うと胸が熱くなった。
「理解してくれる人がいいけれど……難しいわね」
ふと、領地最年長のハルヤ爺ちゃんの言葉を思い出す。
『命を預けられる相手を見つけなさい。お嬢様も、わしらも、家族なんじゃからの』
皺だらけの顔でニヒヒと笑ったあの姿は、私には子どものように見えた。
「……今なら分かる気がするわ、爺ちゃん」
そう呟くと、フリズ夫人がそっと手を握ってくれた。
「そんな人たち、こっちから願い下げです。私の教え子なんですから、もっと高みを目指すべきでしょう?」
ごつごつとした、努力の跡が刻まれた手。
成金と蔑まれながらも勉学でのし上がったフリズ夫人の強さが伝わる。
「そうよね。私はハクラコ辺境伯の娘。私だからこそ立てる場所があるわ」
胸に誇りが満ちていく。
我が領は国を守る要。野蛮と笑われても、恥じる理由なんてどこにもない。
「我が家に嫁いできたいなら、体力と筋肉は必須よね?」
ニヤリと笑ってフリズ夫人の手をぐっと握った、その時――
「きゃああああっ!」
甲高い叫びが響いた。
ただならぬ空気が広がり、人々がざわめき始める。
「ご報告します! 南門に魔獣が出現! こちらに向かっています! 避難を!」
兵士の叫びと共に会場が一気に混乱した。
「こちらへ! 頭を守ってください!」
人々が押し合いながら避難する中、私はフリズ夫人の手を離した。
「お嬢様、いけません! やめてください!」
「ごめんなさい。でも……ダメだわ」
「だって私はハクリコ辺境伯の娘だもの…魔獣に最も詳しい人が必要じゃないと」
「ですが…お嬢様は!」
私はフリズ夫人に笑いかけて人の波に紛れ込む。
人の波に紛れてフリズ夫人から離れていった。
「アマチェお嬢様っ!」
その声はすぐに喧騒に飲まれた。
「急がないと……!」
意識を足に集中させ、一気に地面を蹴る。
ドン、と大きな衝撃と共に足元にはクレーター。
周囲が一瞬目を見開いたが、すぐに騎士に促されて逃げていく。
目指すは南門辺り。
元庭園だった場所。
今は厳重に封鎖されているはず――なのに突破されているということは、中位の特殊魔獣か、上位魔獣。
どちらにせよ、ただ事ではない。
私は息を整え、拳を握った。
「……行くしかない。」












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。