やめて、やめて、やめてくれ 。お願いだから 。
声に成らなかった声は、
頬を伝う雫として排出された 。
喉が焼けつくように熱く、肺が縮こまり、
空気を吸うにも吸えない 。
ここに酸素というものはあるのか 。
そう、疑う程に 。
足は震え、腰が砕けそうで、
それでも一歩も動けなかった 。
母の体が、鬼の腕の中で藻掻いていた 。
鬼は愉悦に浸っているような顔をした 。
その口は耳まで裂け、
まるで仮面のような笑みを浮かべていた。
赤黒く染まった牙の隙間から、
母の髪の毛がだらりと垂れている 。
華奢な母の肩にその牙が突き立つ 。
骨が砕ける音、肉が裂ける音が混ざり合い、
耳の奥で反響する 。
血が飛んだ 。
ぬるりと頬に飛び散った液体は温かくて、
生きた人間の体温を宿していた 。
その隣で、父もまた、床板に倒れていた 。
胸を裂かれ、目だけがこちらを見ていた 。
助けたかったのだろう、守りたかったのだろう 。
しかし間に合わなかった 。
父の瞳に映っていたのは、鬼ではなく私だった 。
自分は、何もできなかった 。
この手で、何も守れなかった 。
鬼は、母の喉に喰らいつき、
体を半分ほど引きちぎった 。
臓腑が地面にこぼれ、
赤黒い液がじゅくじゅくと滲んだ 。
母の口は、何かを言おうとしていた 。
私の名前だったかもしれない。
けれどその声は、血で溺れて、何も聞こえなかった 。
目の前で、家族が喰われている 。
ただそれだけが現実だった 。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。