私は自室のベッドに座り、こてんと横に倒れた。
今日は朝からトラブル続きだった。
食事の用意をしようとしたらコンロが故障していた。
お洗濯物を干そうと思ったらいきなり雨が降り出す。
そんな感じで、夜まで心休まる時がなかったのだ。
ぐったりする私に気づいて、ミミがベッドに上がってきた。
撫でてあげると、ミミは「ミャオ」と嬉しそうに鳴いた。
――コンコン
いきなりドアをノックされた。
開けると、立っていたのはミシェルだった。
彼は寮にいないことが多いので、久しぶりに顔を見た気がする。
手には、高級ストリートにあるペットショップの袋があった。
私はこころよくミシェルを部屋に入れる。
ベッドに近付いたミシェルは、袋を逆さにした。
ザーッと落ちてきたのは、ネズミのぬいぐるみや転がすと鈴の音がするボール。
釣りざおの先に羽根が付いた猫じゃらしもある。
猫のおもちゃのバリエーションは前世とそんなに変わらないみたい。
ミミはおもちゃに目を輝かせた。
とん、と肩を押される。
ベッドにあお向けに倒れた私に、ミシェルが覆いかぶさってきた。
手を顔の横につき、笑いを抑えられないとばかりに口元を歪ませている。
そうだった。
ミシェルは、おもちゃを買ってきたとは言った。
けれど部屋に入れてとは一言も言っていない。
ドアのところで袋だけ受け取ればよかった。
貴族令嬢は、結婚まで清い体でいなければいけない。
そのために簡単に男性を信用しないよう、幼い頃から徹底的にしつけられる。
そんな私が騎士を信じているのは、生活を共にして、彼らが誠実な人たちって知れたから。
真面目に伝えたら、ミシェルはクスッと笑った。
自分を指さすミシェルに、私は目をまんまるにした。
まさか、噂話の登場人物がこんな近くにいたとは。
類まれな美しさを持つミシェルは、家出しても眠る場所に困らなかった。
愛のない暮らしをしている貴族の夫人たちに声をかければ、みんな二つ返事で寝室に入れてくれたからだ。
そうなれば男女の関係になるのは当然。
ミシェルはヒモ生活をするために恋愛ごっこに興じた。
しかし、中には本気になって、夫と離婚すると言い出す夫人もいた。
彼女の死に憤慨したのは、夫であるエマニュエル伯爵だった。
伯爵は、ヒッチコック伯爵家に賠償を迫り、結果的にミシェルは廃嫡となった。
彼女の死はミシェルの心にも大きな傷を残した。
これまで、娼館から助けてくれた〝謎の貴族〟はミシェルかもしれないと思っていた。
しかし、彼はすでに廃嫡となり、ヒッチコック伯爵家との縁が切れている。
身請け金の支払うための大金は動かせない。
ましてや、近衛騎士団を巻き込める爵位もない。
考えていたら、ふっと視界が陰った。
息がかかりそうな距離にミシェルがいる。
彼は碧色の瞳を悪魔みたいに光らせて、甘く囁いてきた。
私は真っ青になった。
この雰囲気は危険だ。
ミシェルは私の首筋に顔を埋めて、チュッと軽く触れてくる。
ゾワゾワする感触が体を走った。
こんな感覚、知らない。
怖くて声が出て出せない。
心の中で叫んだら、ミミがしっぽをピンと伸ばした。
こんなに怒ったミミ、一度も見たことがない。
ミシェルが驚いて顔を上げたのと、ドアが開けられたのは同時だった。
駆け込んできたのはイヴァンだった。
彼は、ベッドに押し倒された私を見るなり、眉を吊り上げる。
イヴァンが剣を抜いて斬りかかった。
軽い身のこなしでベッドから飛び降りたミシェルは、小刀で刃を跳ね返す。
イヴァンの怒りようといったらなかった。
激しく燃えさかる炎のようだ。
そんな彼を、ミシェルは嬉しそうに見つめる。
私の名前を出されて頭が冷えたのか、イヴァンの視線が私に向いた。
起き上がった私を守るように、ミミが膝の上に乗ってくれている。
ミシェルは悪びれることもなく手を振って部屋を出ていった。
ほっとした私は、ミミを抱きしめてお礼を伝える。
イヴァンはベッドに散らかったおもちゃを見て、剣を握る手に力を込めた。
なんだろうと思ったら、怒号が飛んできた。
イヴァンの憤りは深いため息に変わった。
やけに真剣に話すから、私も頷かざるを得なかった。
この日から、イヴァンはさらにミシェルを警戒するようになり、ミミも私のそばを離れなくなった。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!