第19話

19 部屋に入れたらオオカミでした
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2024/08/02 02:00 更新
リーチェ
リーチェ
なんだか疲れちゃった
 私は自室のベッドに座り、こてんと横に倒れた。
 今日は朝からトラブル続きだった。

 食事の用意をしようとしたらコンロが故障していた。
 お洗濯物を干そうと思ったらいきなり雨が降り出す。

 そんな感じで、夜まで心休まる時がなかったのだ。

 ぐったりする私に気づいて、ミミがベッドに上がってきた。
リーチェ
リーチェ
慰めてくれるのね
ありがとう
 撫でてあげると、ミミは「ミャオ」と嬉しそうに鳴いた。

 ――コンコン
 いきなりドアをノックされた。
 開けると、立っていたのはミシェルだった。

 彼は寮にいないことが多いので、久しぶりに顔を見た気がする。
ミシェル
ミシェル
ミミにおもちゃを買ってきたよ
 手には、高級ストリートにあるペットショップの袋があった。
 私はこころよくミシェルを部屋に入れる。

 ベッドに近付いたミシェルは、袋を逆さにした。

 ザーッと落ちてきたのは、ネズミのぬいぐるみや転がすと鈴の音がするボール。
 釣りざおの先に羽根が付いた猫じゃらしもある。

 猫のおもちゃのバリエーションは前世とそんなに変わらないみたい。

 ミミはおもちゃに目を輝かせた。
リーチェ
リーチェ
喜んでいますね
ミシェルさ――
 とん、と肩を押される。
リーチェ
リーチェ
(え……?)
 ベッドにあお向けに倒れた私に、ミシェルが覆いかぶさってきた。

 手を顔の横につき、笑いを抑えられないとばかりに口元を歪ませている。
ミシェル
ミシェル
こーんな夜遅くに
男を部屋に入れちゃだめだよ
ミシェル
ミシェル
何をされるか分からないでしょう
ミシェル
ミシェル
それとも、されたくしてこうしてるの?
リーチェ
リーチェ
違います!
リーチェ
リーチェ
おもちゃを渡したいって、ミシェル様がおっしゃったんじゃありませんか!
ミシェル
ミシェル
僕は部屋に入れて
なんて一言も言ってないだけど?
リーチェ
リーチェ
はっ!
 そうだった。

 ミシェルは、おもちゃを買ってきたとは言った。
 けれど部屋に入れてとは一言も言っていない。

 ドアのところで袋だけ受け取ればよかった。
リーチェ
リーチェ
からかうのはやめてください!
リーチェ
リーチェ
誇り高き近衛騎士団らしくないです
 貴族令嬢は、結婚まで清い体でいなければいけない。
 そのために簡単に男性を信用しないよう、幼い頃から徹底的にしつけられる。

 そんな私が騎士を信じているのは、生活を共にして、彼らが誠実な人たちって知れたから。
リーチェ
リーチェ
部屋に入れたのは
ミシェル様も近衛騎士の一人だからです
リーチェ
リーチェ
私に無体を働くはずがありません
 真面目に伝えたら、ミシェルはクスッと笑った。
ミシェル
ミシェル
悪いけど
僕は他の騎士とは違うよ
ミシェル
ミシェル
エマニュエル夫人のスキャンダルって聞いたことない?
リーチェ
リーチェ
数年前にあった事件ですよね
リーチェ
リーチェ
エマニュエル伯爵夫人が
愛人だったヒッチコック伯爵家の子息に振られて海に身を投げたとか
リーチェ
リーチェ
社交界はその噂でもちきりでした
ミシェル
ミシェル
その愛人が僕だよ
リーチェ
リーチェ
ええっ!!?
 自分を指さすミシェルに、私は目をまんまるにした。
 まさか、噂話の登場人物がこんな近くにいたとは。
ミシェル
ミシェル
そんなに驚かれると逆に話しづらいな……
ミシェル
ミシェル
僕はヒッチコック家の長男でね
ミシェル
ミシェル
堅苦しい家に嫌気がさして帰らなくなった
 類まれな美しさを持つミシェルは、家出しても眠る場所に困らなかった。
 愛のない暮らしをしている貴族の夫人たちに声をかければ、みんな二つ返事で寝室に入れてくれたからだ。

 そうなれば男女の関係になるのは当然。
 ミシェルはヒモ生活をするために恋愛ごっこに興じた。

 しかし、中には本気になって、夫と離婚すると言い出す夫人もいた。
ミシェル
ミシェル
エマニュエル夫人もそうだった
ミシェル
ミシェル
夫と別れて僕と結婚すると言い出したから逃げたんだ
ミシェル
ミシェル
そしたら一週間と経たずに崖から飛んだよ
 彼女の死に憤慨したのは、夫であるエマニュエル伯爵だった。
 伯爵は、ヒッチコック伯爵家に賠償を迫り、結果的にミシェルは廃嫡となった。

 彼女の死はミシェルの心にも大きな傷を残した。
ミシェル
ミシェル
それ以来、僕は貴族の愛人をやめた
ミシェル
ミシェル
でも急に平民の暮らしなんかできない
ミシェル
ミシェル
口先三寸で出会った相手に金を出させて
カジノに入り浸るようになった
ミシェル
ミシェル
その評判を聞いた副団長が勧誘しにきた
それで近衛騎士になったんだよ
リーチェ
リーチェ
そんなことがあったんですね
 これまで、娼館から助けてくれた〝謎の貴族〟はミシェルかもしれないと思っていた。

 しかし、彼はすでに廃嫡となり、ヒッチコック伯爵家との縁が切れている。

 身請け金の支払うための大金は動かせない。
 ましてや、近衛騎士団を巻き込める爵位もない。
リーチェ
リーチェ
(謎の貴族は誰なの?)
 考えていたら、ふっと視界が陰った。
 息がかかりそうな距離にミシェルがいる。

 彼は碧色の瞳を悪魔みたいに光らせて、甘く囁いてきた。
ミシェル
ミシェル
分かってくれた?
ミシェル
ミシェル
僕が本気だって
リーチェ
リーチェ
!!!
 私は真っ青になった。
 この雰囲気は危険だ。

 ミシェルは私の首筋に顔を埋めて、チュッと軽く触れてくる。
 ゾワゾワする感触が体を走った。

 こんな感覚、知らない。
 怖くて声が出て出せない。
リーチェ
リーチェ
(誰か助けてっ!)
 心の中で叫んだら、ミミがしっぽをピンと伸ばした。
子猫
うみゃあああああああ!
 こんなに怒ったミミ、一度も見たことがない。

 ミシェルが驚いて顔を上げたのと、ドアが開けられたのは同時だった。
イヴァン
イヴァン
リーチェ様!?
 駆け込んできたのはイヴァンだった。
 彼は、ベッドに押し倒された私を見るなり、眉を吊り上げる。
イヴァン
イヴァン
貴様っ!
 イヴァンが剣を抜いて斬りかかった。
 軽い身のこなしでベッドから飛び降りたミシェルは、小刀で刃を跳ね返す。
ミシェル
ミシェル
ほんと、邪魔だけは上手いよね
イヴァン
イヴァン
黙れ!
イヴァン
イヴァン
リーチェ様に何をしていた!!
 イヴァンの怒りようといったらなかった。
 激しく燃えさかる炎のようだ。

 そんな彼を、ミシェルは嬉しそうに見つめる。
ミシェル
ミシェル
男女が密室ですることなんてひとつだよ
ミシェル
ミシェル
それとも分からないフリをしたいのかな?
リーチェの前だしね
 私の名前を出されて頭が冷えたのか、イヴァンの視線が私に向いた。
 起き上がった私を守るように、ミミが膝の上に乗ってくれている。
ミシェル
ミシェル
ミミはお前よりずっと有能だ
ミシェル
ミシェル
抱けなくて残念だよ
またね、リーチェ
 ミシェルは悪びれることもなく手を振って部屋を出ていった。
 ほっとした私は、ミミを抱きしめてお礼を伝える。
リーチェ
リーチェ
あなたのおかげで助かったわ
リーチェ
リーチェ
おもちゃを買ってきてくれたからって
お部屋に入れちゃだめね
イヴァン
イヴァン
ご自分で部屋に入れたんですか……
 イヴァンはベッドに散らかったおもちゃを見て、剣を握る手に力を込めた。
 なんだろうと思ったら、怒号が飛んできた。
イヴァン
イヴァン
あなたは無防備すぎます!
リーチェ
リーチェ
ひゃっ
イヴァン
イヴァン
ひゃ、じゃありません!
イヴァン
イヴァン
俺が来なければどんな目にあっていたか!
リーチェ
リーチェ
だ、だってミシェル様も近衛騎士だわ!
リーチェ
リーチェ
紳士的な人だと思っていたのよ!!
 イヴァンの憤りは深いため息に変わった。
イヴァン
イヴァン
騎士だからって信用しないでください
イヴァン
イヴァン
あなたは今
オオカミの巣窟にいるんですよ?
リーチェ
リーチェ
はい…
イヴァン
イヴァン
騎士と二人きりにならないこと
誰かが訪ねてきても部屋の中には入れないこと
話があると言われたら必ず俺を同席させること
イヴァン
イヴァン
これを守ってください
リーチェ
リーチェ
それだとイヴァンが大変じゃない?
イヴァン
イヴァン
いいんです
イヴァン
イヴァン
リーチェ様をお助けするのが
俺の幸せなので
リーチェ
リーチェ
わ、わかったわ
 やけに真剣に話すから、私も頷かざるを得なかった。

 この日から、イヴァンはさらにミシェルを警戒するようになり、ミミも私のそばを離れなくなった。
リーチェ
リーチェ
(困ったことになっちゃったなぁ)

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