鈴木side
ついこの間まで私のことをそう呼んでいた彼が
と呼んでくるようになった。
それも唐突に。
しかもろくに話もしてくれなくなった。
以前までは仕事でもプライベートでも頻繁に話をしたり
共に買い物しようとショッピングモールへ足を運んだり
あの…………えっと、あーゆうことやそういうことしたり、一夜を共にしたりなどもしたのだが……
何故か急に距離が離れた気がする……?
他人行儀というか……?もしかして私は気が付かないうちに何かをやらかしたのか?
それにその、彼のことをよく見すぎでちょっと変な奴と思われるかもしれないが
……以前買い物に行った時、山中くんに提案されて買ったお揃いのブレスレット
山中くんがつけていない。
……先日まであんなウキウキで付けてたのに……
流行りが終わったのか?早くないか??
や、流石に早すぎるか……。なにか理由があるのだろうか。
まあ私は未だに付けているのだが……。だってお揃いだし嬉しいし……
この山中くん、どこか違和感は感じるのだが
見た目は山中…くん………だよな?
そう思ってよく見ようとこっそり背後から山中くんを観察していると
怪訝そうな顔をした彼がこちらを向いた
結構な期間を山中くんと過ごしたつもりだったが
彼のこんな顔を見るのはこの時が初めてだった。
慌てて弁解しようとしている途中で
そう一言で切り捨てられた
しかもそのまるで無関心そうな冷えきった表情で。
……普段ならもっとしぶとく聞いてくるのに
あっ、しかもそのままスタスタと歩いていってしまった……。
やっぱり山中くんにしては何かおかしい……
…………嫌なことでもあったのだろうか?
数日後
鈴木side
やはりおかしい
山中くんの違和感がどんどん多くなっている
そろそろ機嫌が悪いから程度では誤魔化せないくらいだ
その違和感の中でも特に気になっているのが
……自分で言うのも小っ恥ずかしいのだが、その、
……あれから1度も体に触れてこない
今まで結構な頻度だった気がするが……?
初めはそういう気分なのかなと自分を納得させていたが
こんなに期間が空いたことも初めてだった。
…………ちょっと寂しい。なんなら結構寂しい!
あれから結局一度もブレスレットは見当たらないし
性格は相変わらず冷たくなったままだし、
笑うことが全くと言っていいほど無くなった。
以前は囚人の相談に乗ったりもしていたのに
今は囚人に対して冷たい態度しか取らない。
でも深追いはできない
何故か分からないけど…………
…………彼には何も聞けない
聞いてしまったら
全てが崩れていく気がするから。
またしばらくした頃
鈴木side
違和感が確信に変わった。
変わってほしくなかった。信じたくなかった
きっと彼は本物の山中くんではないのだろう
先日の業務中に山中くんに
と言われてしまった。
あれはなかなかに驚いた。危うく「君とのお揃いだろ」と叫びそうになった
まあ確かに、山中くんじゃないなら知らないのだろうけど
でもやっぱり悲しいものがあった。
そう、ブレスレットを見ながら言った
彼との思い出はほとんど物として取って置かれていないから
これは今唯一残っている思い出と言ってもいいだろう
それだけ私と山中くんは仲が良かったんだなと実感した
彼の顔を見てはいないから確実とは言えないが
きっとあの時、山中くんではない彼は不機嫌そうな顔をしていたのだろう
なんとなく彼の性格も把握できてきた。
囚人に甘くすることを嫌い、少し怒りっぽい。話しかけられると大抵嫌そうな顔をする。他人に対しては基本的に無関心かつ、必要最低限の関わりしか持たない。
山中くんならこういう子が後輩にできたら
どうやって接するのかな
その時のことを思い出して少しぼーっとしてると
と声をかけられた
そういえば今はジャングルジムの増設をしているところだった
彼には手伝いを頼んだ。きっと早く戻りたいのだろう。
返事をしようと彼の顔を見たら
やはり予想通り怪訝そうな顔
うーん、山中くんじゃない彼の表情はこれしか見たことがない気がする……
表情筋が硬いのだろうか?
それにしても彼から私に話しかけるのは珍しいなぁ……。
やっぱり彼は山中くんではないなと改めて思う
そう言うと彼はその顔のまま「はぁ、分かりました」と言い歩いて行った。
……山中くんなら先に行っててと言っても待っていてくれるのかな
彼の後ろ姿を見てふと思う
そっか、あの山中くんはもう"ここ"にはいないんだな
会いに行くにはどこに行けばいいんだろうなあ
きっとすごく遠いんだろうなぁ。
………どういう経緯で山中くんと"彼"が入れ替わったかは分からないし、言及するつもりは未だにないけど
本物の山中くんはもう戻って来ないのだろう
山中くんに会うのなら私が会いに行くしかないんだな
そうひとりで納得しながら山中くんに似た彼の少し後ろを歩いて行った。
1月11日
鈴木side
彼に昨日「隠し部屋を見つけたので来てください」と言われた
以前ジェームズという囚人が脱獄した経路かもしれないらしい
水路側から掘られていたんだという。
だから今早足でそこに向かっている
でもどうやってそんな部屋を彼は見つけたのだろうか?
そう言いその部屋に入る
薄暗い部屋だった
彼はそこにひとりで立っていた
剣を手に取った状態で
酷く驚いた
なぜ彼は剣を握っているのだろう
ここで剣を使って何をしようとしている?
そんなの、私が思い浮かぶのはひとつしか無かった
その時、"彼"は笑っていた
初めて"彼"の笑顔を見た
今までは無愛想な顔しか見た事がなかった
言い方は悪いのだが、
やっぱり山中くんとは思えなかった。それと同時に"彼"は悪魔のようだと思った。
"彼"は半ば強引に私の腕を掴んで
その隠し部屋の方へ引っ張った
バランスを崩して冷たい床へ尻もちを着く
近くの焚き火がパチパチと音を立てている
"彼"は先程と変わらず笑みを浮かべている
そう言い私を押し倒して馬乗りになる
持っていたダイヤモンドの剣をこちらに突き立てくる
ああ、よく見ると手や体つきも山中くんとは違うな
こんな時まで私は何を考えているんだろうと思う
"彼"は剣を私の腹へと向けた
それは本心なのか?それとも山中くんだと思わせるための建前なのか
……いや、きっと本心なのだろう
"彼"は本当に私の事を疎ましく思っていたはずだ
そう言って"彼"は私の腹に剣を勢いよく刺した
その瞬間、激しい痛みが腹部に走った
ここは冷たいから剣も冷えていたのだろう、刺された場所から熱くなっていく感覚と共に冷えた異物が体の中にある感覚もする。
咳と共に口から赤色をした生暖かい液が吐き出される
口の中が鉄の味に染まる
気がつくと"彼"の顔からは笑みが消えていた
"彼"は私の腹から勢いよく剣を引き抜く
鮮血が音を立てて辺りに飛び散る。
焚き火に血液がかかり火が揺れる。
そしてまた刺し、また抜き、また刺し、また抜き。
きっと服は切れ目から私の血でどんどん赤く染まっていっているのだろう
骨が衝撃によって折れて砕かれる音が聞こえる。
肉が引きちぎられ、裂かれる不愉快な音が聞こえる。
地下水路だからそんな聞きたくもない音が尚更響く。
耐えず続く激しい痛みと生々しい音と血が飛び散った暗く冷たいコンクリートの壁に包まれながら徐々に意識が遠のいていく
…………ああ、だんだんと痛みも分からなくなってきた
視界が歪む、思い出すのはやっぱり彼のこと。
山中くん
サフィーside
思っていたより静かに死んでくれたな
自分の下で息絶えた看守長を見ながら思う。
それにしても滅多刺しにしてしまった。ここも血が沢山飛んでいる。
俺にも返り血が着いてるし……。処理してから行かねえとな、めんどくさい……
それにしてももっと抵抗されると思ったが……
そういえば最後にこいつは一言呟いてた
俺が偽物だということに気づいていたのだろうか?
でもそれにしては何も言及してこなかった。
まあ確かに山中っていうやつの性格は把握していなかったからな……。
もしかしたら、こいつの言っていた大切な人は俺が殺して成り代わっている山中という奴のことだったのかもしれない
確かにそいつを殺した時に手首に似たようなブレスレットを付けていた。
金色のチェーン状で手首より少しゆるい細めのブレスレット。
そのブレスレットの話を看守長にした時、とても愛おしいものを見るような少し悲しい目をして、まるで壊れ物を扱うように優しく手で触れていた。
慌てていて大切なものかなどということも気にとめず
一緒に埋めてきてしまったのだが
だったら殺してから取って身に付けておいた方が良かったか……。
……いや、考えるのはやめだ。もう全て終わったことだ。
どうせつけていたとしてもバレるものはバレるだろう。
こいつは殺せた。あいつの事もイアがやってくれるだろう。
さて、俺は今からこの看守長の代わりに囚人の面倒を見なくちゃいけない。
あの霊夢と魔理沙とか言うやつら、あいつらは脱獄する気だろうから懲罰房にでも入れとこうかな……
そう考えながら俺は焚き火を踏みにじって消し、死体と大量の血痕が残っている隠し部屋から出て行った。
fin.












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!