ヒーローは、笑っていなければならない。
人を安心させるために。
恐怖を見せないために。
“完璧”であるために。
星導ショウは、それが上手かった。
誰より余裕があって、冷静で、優しくて。
どんな任務でも表情を崩さない。
だから誰も気づかなかった。
彼の内側に、腐りかけた感情が巣食っていることに。
休憩室の扉を開けると、あなたの下の名前カタカナがいた。
ソファに座り、資料をまとめている。
星導たちヒーロー四人のDyticaのマネージャー。
忙しいはずなのに、いつも誰より周囲を見ていた。
星導は自然に笑う。
あなたの下の名前カタカナも笑い返す。
それだけ。
本当なら、それだけでよかった。
なのに。
__かわいい。
そう思った瞬間、胃の奥が熱くなる。
喉が渇く。
もっと近づきたい。
触れたい。
閉じ込めたい。
自分だけ見てほしい。
その感情は、恋というにはあまりにも醜かった。
最初は“守りたい”だった。
ヒーローとして当然の感情。
危険から遠ざけたい。
傷つけたくない。
けれど、気づけば違っていた。
あなたの下の名前カタカナが他の男と話しているだけで、頭の奥がじくじく痛む。
小柳に笑う顔。
伊波に向ける気遣い。
叢雲に差し出す缶ジュース。
全部、嫌だった。
自分だけを見てほしい。
自分だけに笑ってほしい。
その笑顔を、飲み込んでしまいたかった。
食べなくちゃ。
頭の中で声がする。
食べてしまえば、誰にも奪われない。
閉じ込めて。
壊して。
自分だけのものにしてしまえば。
でも、吐かなくちゃ。
こんなの愛じゃない。
ただの支配欲だ。
醜い。
気持ち悪い。
こんな自分を、あなたの下の名前カタカナが知ったらきっと怯える。
だから忘れなくちゃいけない。
吐き出さなくちゃ。
なのに。
名前を呼ばれるだけで、全部壊れる。
その日は任務帰りだった。
事務所には誰もいない。
他の三人はまだ現場に残っている。
二人きり。
それだけで、星導の呼吸は浅くなる。
あなたの下の名前カタカナが覗き込む。
柔らかい声。
その瞬間。
ぷつり、と何かが切れた。
星導の声は、妙に静かだった。
あなたの下の名前カタカナがきょとんとする。
星導は笑っていた。
いつもの穏やかな笑顔。
なのに目だけが、ひどく暗い。
あなたの下の名前カタカナが一歩下がる。
その一歩に、星導の胸がぐちゃりと潰れた。
あぁ。
逃げる。
逃げないで。
掠れた声だった。
縋るみたいに。
壊れた子供みたいに。
星導はあなたの下の名前カタカナの手首を掴む。
細い。
簡単に折れそうなくらい。
その脆さに、ぞくりとした。
食べたい。
閉じ込めたい。
誰にも見せたくない。
その声は甘かった。
花の蜜みたいに。
優しくて、逃げられない。
あなたの下の名前カタカナの目に恐怖が浮かぶ。
それがわかるのに、止まれない。
星導はあなたの下の名前カタカナを抱き寄せる。
強く。
壊してしまいそうなくらい。
食べなくちゃ。
頭の中で声が響く。
その夜から。
あなたの下の名前カタカナは姿を消した。
ヒーロー事務所は大騒ぎになった。
誘拐。
失踪。
事件性あり。
誰もが犯人を探した。
けれど星導ショウだけは、いつも通りだった。
穏やかで。
優秀で。
優しくて。
完璧なヒーロー。
ただ一人きりの部屋でだけ。
星導はあなたの下の名前カタカナの頭を撫でながら、静かに笑う。
暗い部屋。
鎖の音。
涙でぐしゃぐしゃになったあなたの下の名前カタカナは、もう声も出せない。
星導はその頬に触れる。
慈しむみたいに。
恋人にするみたいに。
その目は幸福に満ちていた。
まるで。
ようやく欲しかったものを食べ終えた、
食虫植物みたいに。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!