敦は宿泊亭の一室で旅行鞄を開いていた
宿泊亭は倫敦を思わせる時代がかった造りだ。ガス燈を模したランプが室内を照らし、ベッドには精緻な蔦と花の飾りが彫られている壁には世界最古の蒸気機関車の白黒写真が飾られている。
国木田さん、あの船長からの依頼、何か少し引っかかりませんか?
敦が訊ねると、洗面台で備品の数を確認していた国木田が振り返った
少しも何も、引っかかるところしかない
だがそれでも依頼は依頼だ。依頼人が何一つ隠し事のないピュアな聖人ばかりではないことは先刻承知だ。俺達は社長が命じた仕事をこなすだけだ
むしろ気になるのは、社長が今回の依頼を引き受けた理由だな。この人数での調査員の派遣も、乱歩さんを島にこさせないことを決めたのも社長だ。思うに………
思うに?
社長を説得した誰かがいるな
国木田が断言した
社長が社外で誰かと打ち合わせした後すぐ、社員全員に指令を出した。誰かが社長を動かしたんだ。そう考えるのが自然だろう。ーところで敦
失礼しまーす、
入ってくるときはノックをしろ!……
この部屋に2人で入っていてくれ、リムルは敦についていけ、で……
やたら大きな旅行鞄を持ってきているとは思っていたが……お前それ、何だ?
何って……荷物です。この島で泊まり込みの仕事ですから……その、僕あんまり旅行外泊なんてしたことがないですし、準備は綿密にしたほうがいいかと
その心がけは大変いい。だが、具体的にそれは何だ?
敦は自分の荷物をひとつひとつ寝具の上に並べ始めた
お弁当。携帯雨傘。水筒。手巾。絆創膏。ビニールシート。みかん。ココアの粉末。それから………
(多いな!)
……俺は『遠足ではない』と云ったはずだぞ
あ、いや、すいません。僕こういう外泊って初めてですから、ちょっとなんて言うか、気持ちが抑えられなくて……でもちゃんと仕事で島に来たことは忘れていません!万一の場合に備えて準備はきちんとしています
ほう?
例えばこれです。花札、双六、トランプ、枕投げ用の枕
修学旅行か!
(あちゃ~あれはもう遊ぶ気まんまんですわ)
まぁまぁ、国木田さん。きっとこれが初めてではしゃいでるんですよ
はい、今までこんな素敵な宿泊地に泊まることなくて、孤児院時代は外泊といえば大抵汚い床の上とかでしたから……友達もいなくて、その、だからつい……ごめんなさい
国木田は敦を睨みつけた
それからゆっ塗り息を吸った。
そして云った
…………………2時までには消灯するんだぞ
やあ!リムルだよ!
あんまり話してないけどね!誰かさんのせいで!
そんな話はあとにして……いま敦と一緒に散歩してるんだ。
気軽に話できる人ができたのが嬉しいのか、たくさん質問してくる
リムルさんはどこから来たんですか?
俺には敬語じゃなくていいよ!ここに来る前は結構遠くにいたんだ
(世界スケールだから気づかれないだろう)
あと、俺は女っぽいができれば君付けにしてくれ
分かった、リムル君の異能力ってなんていうの?
(ど、う、し、よ、う〜)
万里万転や、森羅万象などが良いかと、これからのことを考えると、テレポートだけじゃないことを言っていたほうがいいです
(なら森羅万象にしよう、かっこいいし)
俺の異能の名前は森羅万象って言うんだ
あと、実は俺の異能はテレポートだけじゃなくて……
逃げたぞ、追え!
警備版を呼べ!
顔は見たか?
盗まれたものを確かめろ!
盗まれたって……
敦はほとんど反射的に駆け出した
騒ぎは船着き場に近い貨物保管区域で起こっているようだった。
君、この辺で黒髪で背の高い男を見なかったか?
え、いや、見ませんでしたけど……
見かけたら、管理局に報告してくれ!
あ、あの!
何かが盗まれたって……何かあったんですか?
密入島だ!
職員は走り去っていった
で、ちょっと俺その男見覚えがあるんだが……
敦君と、麗しいそこの女性、こちらに来てくれないか?
(この声は!)
敦箱絵のする方にあった塵箱にちかずき、恐る恐るふたを開けた
ばぁ
うわぁぁ!
こんなところで会うなんて奇遇だねぇ
何やってるんですか、太宰さん!
ところで……そちらの姫君、どうか私と心中してくれませんか?
やだよ、敦、この人が国木田さんが言ってた太宰って人か?
う、うん
知り合い?
はい、船で島に向かっている途中に上から降ってきて……
ロマンチックだね
そこから転移系の異能力を持ってるって言うから国木田さんが調査員に入れたんです
あの国木田くんが!?
不思議なこともあるんだねぇ
しゃ、自己紹介をするな。俺はリムル=テンペストだ。ちなみに異能力の名前は森羅万象で、転移以外も出来るぞ!
そうだったんですか!?
あぁ、基本なんでもできるから困ったら言ってね
ところで……密入島ってひょっとして……太宰さん?
いいねぇ敦くん。まるで探偵みたいな推理だ。部下の成長が早いのは大変喜ばしいことだ
いやぁ、首尾良く島に入れたはいいものの、途中で職員さんに見つかってしまってねとっさにこの塵箱に隠れて難を逃れたというわけさ。中の塵を出す暇もなかったから今私の身体は大変生臭い。しかし無意味な塵になったみたいで素敵な気分だ。ここに住もうかな
(クセが強いひとなんだな……)
はぁ
それからは太宰さんがなんで密入島したのかを話した。その中に気になる話があった
ポートマフィアってなんだ?
そっか、リムルは知らないのか、ポートマフィアっていうのは簡単に言うと異能力を使う犯罪組織なんだ。
なるほど、それは厄介そうだな
ポートマフィアには気おつけたほうがいい
……では私はこれで、任務の成功を祈るよ
太宰はそう云い、塵箱の中にはいって坂道を下っていった
良い旅を
そういったあとにはもう塵箱は見えなくなっていた
あの人になれるなんて……国木田さんは凄いな
うん、今の会話だけでどんな人なのか分かったよ
あのような奇妙な人間もいるのですね!やはり世界は広いです!
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