第3話

02 : いつか背負うもの
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2026/01/13 03:04 更新


   今日は丘を降りて町へお買い物に行く日。
普段は人のいない丘の上の古びた小屋で
生活してるから、定期的でもこうやって
賑やかな場所を訪れると、まるで異世界にでも
来たような気持ちになる。

旬のない野菜やハーブは家の前に作った畑で
どうにかなるにしても、知識もなにもない私が
作るには大変なものだってある。
そういう時にはこの市場がとにかく欠かせない。

.
   お嬢ちゃん   

   辺りを見渡しながらルンルンと歩を進めていると、
屋台の下で椅子に腰掛けたおじさんが声を
かけてくれた。

振り返って映った私の方へ手招きをする姿。
いつもの合図なそれに目を輝かせると、
おじさんは楽しそうに笑う。

.
   もう2週間も経ったかい   
あなた
   経ったよ。おじさんも歳じゃない?   

   「嬢ちゃんは厳しいなあ」と
トホホ笑いをする背中は確かに2週間ぶりだ。
屋台の裏に停まった荷台を弄るおじさんの姿の
記憶なんてそう連なったものでもないし。

私が買い出しにくるのは月に2度。
大抵2週間おきにしてもう何年も経つから、
おじさんのように見た目の悪い売り物を
譲ってくれる知り合いもいる。
皆、私の境遇を気遣ってくれている優しい人だ。

母が亡くなってから、
気がつけばもう成人まであと1年。
私は今年15歳になる。
ここで生まれてからもうそんなにも経つのだ。

私の生まれる前のことだし、
お母さんも決して話すことに乗り気でなかったから
あまり知らない話だけれど、母はどこかから
この町に逃げ込んだらしい。

私をお腹に孕ませながら
逃亡生活を続けていた母にとっては、
ここで私が穏やかに何年も生活できていることは
凄く嬉しいことだろうと思う。

皆が優しくしてくれる理由なのか分からないけど、
母はとにかく温厚な人だった。
だからこそ、昔の話があまり現実味を帯びない。

でも私には関係のないこと。
そう割り切ることも、
母が昔から私に望んでいたことだから。

あなた
   私はもう1年もしないうちに   
成人するの、分かってる?

   おじさんがさっきまで座っていた屋台下の椅子に
腰掛けて、足をぶらぶらと浮かしながらそう放つ。
だけどまたばかにするみたいに豪快に笑って
仰け反る。

「いつか一緒に酒場でも行くかな」と零した背中は
相変わらず敵いそうもないくらい大きくて、
私がいつか学ぶ世界の全てを背負ってるよう
だった。
大人になったら追いつけると思っていたけど、
全然そんなことはなかった。

それを見ていたらどうにも
自分が大人になるってのが不思議な気持ちで、
「酒場に行ったら
ビールを樽いっぱい2人で飲み干すよ」なんて
見栄を張るのは諦めた。


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