第3話

暮夜の頃、澄晴は変わらず
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2024/01/26 08:28

雨水も乾いた屋根の上、ビルの隙間に入り込んで光を途絶えさせようとしている夕暮れをぼーっと座り込んで眺めていれば、ふと背後から気配を感じた。

振り向けば、TPテレポートで移動して来たのだろう、其処にはパーカーの腹部に付いたポケットに両手を突っ込んでゆっくりと此方へ歩み寄るきょーさんが居た。

「きょーさんじゃん。
何かあった?それとも暇潰し?」

そう訊けば、俺の左隣に彼はあぐらをかき、俺が考えた二つの理由をどちらも否定する。

「どりみーからそろそろ連絡来そうな気ィしたから」
「あーね?電流走ったんか。脳内に。」
「そそ」

そんな会話をしていれば、俺の右隣にふいに誰かがTPをして来て、隣に影が伸び、それは座り込む。単語フリガナ
「お、てんぷらちゃんじゃーん。」
「てんだぞー!」

「てんぷらちゃんも脳内に電流走って来たの?」
「ん?...あぁ(察)、いや、違うぞ!チャリだ!!」
「あぁ、チャリだったのね。」
「えチャリ??」
「そうだぞ!てんはチャリが来た!!」
「チャリ"が"????????」

「...きょーさん、民に負けたね......」
「いや負けって何やねん。あと目で哀れむな。」
そんなリズム良く飛び交う会話をしていれば、無線の向こうから機械音が鳴り、待っていた彼の声が己の鼓膜へ届けられた。

『ラダオクン。場所、出セタヨ。』

その言葉が無線に流れた途端、待ってましたと言わんばかりに俺ら三人は顔を見合わせ一斉に立ち上がり、俺は耳に嵌めた無線に手を合わせる。

『ありがとね、みどり。俺のデータに送っといて』
『直接ダヨネ?分カッタ。』

そう肯定の言葉が紡がれて直ぐ、遠くから自分の肌に当たるネックレスの装飾品へ何かが当たって押された感覚と共に脳内に情報が流れ込んでくる。
ロスサントスの地図に、幾つかマークが付いた物。
その情報に問題は無いかを少し心の目で点検して、そんなものは一切無い事であるのを理解する。

そして、彼らより一歩手前に行って振り返る。

「───── 行こっか。二人とも。」

それに頷いた彼らに応える様に、俺は彼らと共にTPをして、一番遠くの削除対象へと体を飛ばした。


******

TPして来たのは凄い北の方の住宅街にある路地で、視線の少し先にはぐたりと猫背になって俯き、佇むスーツを身に纏ったNPC一般市民が居た。

それだけなら良かったが、残念な事にこのNPCは、みどりの調べたウイルス欄に含まれたNPC。

つまりは、

「......あれが、削除対象。」

そう、あのNPCは削除しなければならない対象。
ウイルスに感染しているのだ、仕方が無いだろう。
小声で、NPCが気配を察知しない様に気配を消して彼らへ指示を出す。

「てんぷらは周りに人が居ないか確認して。居たら周りの人が中を認識出来なくなるあれ、お願い。」
「あれて...認識阻害結界レンシースパティウムな、分かった。それ終わったらてんはサポートに回るからな?らっだぁ。」
「うん、それで良いよ。お願い。」

「きょーさんは普通に俺と一緒にウイルスの削除。出来るなら、隙見てウイルスの新情報あったらそれデータとしてちょっと纏めといて。」
「りょーかい。」

そう指示を出し終えれば、てんぷらは自身の真上へ人指し指を伸ばし、指先から一つだけ、デフォルメな見た目をした流星スターを飛ばさせ、その星を空でくるくる回して段々と空に馴染ませる。
その間にきょーさんは左目を閉じ、その瞼を覆う様に左の手のひらを翳し、しょぼすけの時に見たのと同じタイプのノイズを発生させる。

恐らく瞳を使って映像記録でも撮るのだろう。

そう考えている内に、周囲を確認し終えたてんぷらが空へ上げていた視線を戻し、こちらへ声を発す。

「らっだぁ、一名だけプレイヤーを確認したぞ。」

そう放ったてんぷらに感謝を伝え、俺も口を開く。

「.....それなら、だよね。」

「てんぷら、お願い。」
その告げを聞いたてんぷらは頷き、もう一度指先を空へ掲げ、馴染んで消えたと思われた星のその形をくっきりと浮かび上がらせ、それで辺りを覆う様に星は均一にドーム状に広がってゆく。

広がった結界の端々が地に着けば、結界内に含まれた建物やドラム缶などは全て消えて空間内には俺ら三人と削除対象であるNPCのみとなる。
流石に勘づいたのだろう。
ゆらりと、異常に気づいたNPCが此方に振り返る。
その姿は正にしょぼすけに見せてもらった第二形態そのものであり、不気味に垂れた首筋からの黒い液体は地面のアスファルトに爪を立てていた。

.......まるで、自我を持っている様に。
「さて、と.....」
そう呟き、真横に右腕を伸ばす。
開いた手のひらへ触れる様に真上へ直線の光が伸び、その光は刹那にして装飾のある斧の輪郭を描く。

上には大きな刃の目立つ斧。
そして柄はその姿を伸ばし、下にはダイヤを模すかの如く小、中、そして大と、ひし形に先端にゆくにつれ変形して、最後の大の一先から少し離れ存在する宝石の様に細い結晶は光り輝く。

更には、小のひし形。

その下で柄を中心として円を描く輪から延びる様に結び目の無いリボンは柄を軸とした対象の滴型の輪を作り、そこから輪とならず残ったリボンが表と裏の見せる面を交互に変えながら風に共鳴するように斧のある上へ向かいながら靡く。
「ふぅ......はよ終らせよか。これ。」
そう呟いたきょーさんは、翳していた左手の先の肘を曲げ気怠けに横に伸ばし、手のひら大きく開く。

そうしたら、いつの間にか加えていた煙草の先端から漏れ出る柴煙が手のひらに捕まる様に形を作る。

すると、雲もない結界の空から手のひらへ向かって大きな雷が落ち、電流が余りながらもさやに収まった刀が手のひらの目の前に出現する。
黒曜石の様に暗闇に染まった鞘には黄金の稲妻模様が刻まれており、つば近くの柄には三つ輪の叶結びのされた赤く染まった組紐が結び付けられていた。

結ばれず残って垂れたままの紐は二つに別れず一つに纏められ、途中についた金具で固定されており、固定が解放された先からは細かい竜の髭の様な無数の紐がさらさらと長さを揃えて垂れていた。
「...まぁ、みんな面倒事は嫌いだもんな。」
そう呆れた様に呟いたてんぷらは、少し気怠げに空へ伸ばした腕と視界を下ろし、腕の先の手の形は変えずに、それを少し上を向いた目の前へ突き出し、そのまま空間を裂く様に一線を描く。

その一線を描く指先の軌跡には、淡い光を放つ跡が残っており、それが一定の長さとなれば彼女は指先から光を振り払う様に、腕ごと指先を横へ勢い良く移動させ、光ったまま空中に残った一線を、振り払った反動を取り消すように右手でガシッと掴んだ。

掴まれた一線は光を棒の先端の方へと集め、棒が光を失う代わりに光は先端から伸び、鎖に繋がれた先には無数の棘が生えた球体が姿を現す。

三人全員が武器を取り出し、戦闘体勢になってから少しの間を空け、NPC削除対象は狂った様に笑う様に、理解不能な言語で上がり過ぎた口を震わせる。

”鑼■ヶ簑那ァ??岔■邪ヵ■■齒!!!!”

すれば天を見上げ、木の枝の様な右目がある筈の所から飛び出した黒い結晶の先から、自身を覆うかの如く複数の方向へ結晶から線を伸ばし、瞬く間に鳥籠の形を作って、全方角から身を守る。
「...らっだぁ、アイツのあれ.....」
「....多分、ウイルスの持ってる防御境ディファーソーの一種。」
新しく見るそれに推測を立てたきょーさんに、恐らくあっているだろう回答を口にする。
防御境ディファーソー
それは、全ウイルスが持ってる"削除員"である俺ら......セキュリティに簡単にウイルスである自身が削除されない様に防御する為の奴らの力だ。

防御の種類は様々で、四角く透明な箱の中に入った様に身を守る「キューブ型」など、様々なものがある。

しかし、現在俺らが見ている鳥籠の形の防御境。

これに何故疑問を感じているのか。
答えはシンプル。視認した事が無いからだ。

これはどんなタイプの防御境か様子見しなければならない、そういった旨を二人へ伝え様とした瞬間、先にてんぷらが口を開く。
「......あの防御境、多分てんだけじゃなくて全員が、防御境自体に注意をした方が良いぞ。」
じゃら....と鎖を鳴らしたてんぷらは鋭くウイルスを見据え、低く真剣な声色でそう紡ぐ。

....?てんぷら、それどういうこと?」

つい、疑問を呟く。
本来新種が出た場合、それらは様子見をしてからの対処、という手順を踏むのが普段だ。

だが、防御境自体に注意...そういうのは、言って仕舞えばウイルスを守るだけの力が脅威になるかもしれないと言っている様なもの。
そんなものに、一体何を注意したら良いのか。
そう疑問に思うが、チラリとこちらを少し見て視線を戻し、更に深く地面を踏みしめたてんぷらが、問の解となる言葉を淡々と紡ぐ。

「..あの防御境は、アイツの角みたいなやつから伸びて構成されているだろう?」
「そう、だ...ね....って、まさか....!!」

相槌の途中で、ある事に気づく。
普段見る防御境は、俺らが力を使う様にして作られるが、今見ている防御境は、その様なものは使わずにウイルスの体に生えた結晶から作られている。
それが表す事は、一つだけ。
「..らっだぁも分かっただろ?あの防御境は、恐らくアイツの一部から構成されているんだ。
ということは、あの防御境もアイツの一部として、てん達を攻撃してくる可能性があるんだよ。」
信じられないとでも思いながら吐き出しているのか分からないが、少し不安そうな声が鼓膜に届く。

しかし、恐らくその推測は合っているだろう。

現に今、あの鳥籠の底となる面の側面からは無数の太い棘が均一な長さで並んでおり、その内の一つは地面に這う黒い液体と同化している。
「.....来る。」
ほんのり感じた殺気に、小さく呟く。
次の瞬間。同化して消え去ったと思われた一つの棘がNPCの近くにある黒の水溜まりの中から勢い良く飛び出して、俺らの足払いをするかの如く、地面に当たるか否かギリギリのラインを駆け走る。

それに、三人揃って地面を強く蹴り空高くへ飛び、黒いそれを皆が同じ様に避ける。
そして、その棘が追尾をしてこないの良い事に、空に体を留めたままひし形の付いた柄の先端を鳥籠の方へ向けて、先に独立した細い結晶に光を溜めて、其処から一筋の光線を放つ。
その光からの攻撃を守る為に、鳥籠は格子となる線も床となる面もその側面の棘も、全てを頭のてっぺんとなる部分へ集合させ、その攻撃を防ぐ。

その黒の集合体の表面が所々で消滅したのに少しの安堵をして、体が無防備なチャンスを逃さない様、防御境がまたNPCを覆う前にきょーさんを呼ぶ。
「きょーさんお願い!!」
その言葉に此方を見ずに返答を紡いだ彼は、空中を地面の様に走って宙を蹴り、NPCの背後に足先をつけ、左手で鞘を強く持ち、右手で柄を掴んで構える。

NPCが彼を認識する前に。
NPCを防御境が覆う前に。

その刹那で、彼は軌跡に電流を残しながら刀を走らせ、NPCの腹部を斬り裂き上半身との別れを成す。
そうしたら、次はてんぷらサポーターの番。
何時の間にか地面に足をつけていた彼女は、その手に持ったモーニングスターを、走って地面を蹴ると同時に振りかざして、地面にずり落ちてはいないままでいたNPCの顔面の結晶の先端の先の黒の群生地を鎖の先に付いた球で攻撃する。

そして、攻撃を放った球が円となって渦巻く黒から離れたと同時に、円の中心からは認識阻害の結界を張った際と同じ様にドームができ、次第には完全な丸でNPCの頭から爪先までの全てを白で覆う。
「らっだぁ!閉じ込め完了だ!」
「ありがとーっ!」
その後無事に着地し、嬉しそうに声を上げた彼女に感謝を叫びながら閉じ込めたNPCへ急降下する。

そうして残り4メートル程のラインでくるりと柄を回し、白い結界のてっぺんへ斧を振りかざす。
結界と刃先が触れた、その瞬間。
その接点から水平に、大きな輪が広がる。
それは固い音を鳴らし、鼓膜を揺らす。

削除フィーネ。」

小さく息を吸ってそう呟けば、斧が触れた点から塵になる様にウイルスに感染したNPCは消えてゆく。

その様子を視認したら、触れた点を軸として柄を爪先で蹴ってその軌道を追う形になる様に柄を持ってNPCに背を向け、地に足をつける。
チラリと、NPCが居た方へ目線を向ける。
其処にはもうNPCも居らず、居るのはNPCの背後へ着地をしたてんぷらだけだった。
「ナイスだな、らっだぁ!」
「てんぷらちゃんもありがとね~。お疲れ様~。」
「はあ~....意外と切れにくかったわ、アイツ。」
「きょーさんもお疲れ~。」
それぞれが武器を無に戻しながら、一つの場所に皆で集まって労いの言葉を掛け合う。

「いや~..あれ一人はキツそうやなぁ....」
「んねー。」
「てんに至っては削除出来ないからな。
閉じ込められるかが結構不安だ。あれは。」
「てんぷらちゃんはそうだろうね~...」
「せやなぁ....てんぷらサポーターやから。」
「そうそう。」

そんな会話を少ししてから、斜めの角度がついた屋根の上に登って、ちょっとだけ屋根に出来た影に身を寄せ合う。
「もうすぐ夜か.....」
薄らと暗い空を見上げ、そう呟く。
するとそれを追う様に二人も上を見上げ、「ほんとだ。」なんて口々に言葉をポロポロ繋ぐ。

「....そういえば、らっだぁ。」

少々しんみりとした様な、静寂の中に彼女が言葉を発してこちらを向く。

その様子に見上げていた視界を俺もきょーさんも元に戻して彼女に向かって瞳孔を移す。

「....何、てんぷらちゃん。」
「いや、単なる確認なんだがな。」
「良いよ別にそんなの。言ってみ。」

何だ何だと急かす様に、声を発す。
そうしたら彼女は少し気まずそうに、口を開いた。


「......これ、まだ新種一体目...なん、だよな?」
「早く次に行かないと他成長するんじゃ....」なんて、俺も俺でそういえばと言う様な事が紡がれる。

「.......」

沈黙の間。
しかし、発言の重要さを冷静に考えた次の瞬間。
「っそうじゃん!!待って待って待って!?あと?1、2、3、4....6体居るじゃん!!?!?」
「そんなおんの!!???!?」
「ちょちょちょちょちょっ!早く次行かないとマジヤバいって!?!!!?早くTPTP!!!!」
「待って待って!!てん結界解除してない!!!!」
「ワンチャンそんままでもセーフや!!!!」
「てんがアウトだ!!!!!!!!!!!!!」
水を打った様に静かだった空間が、瞬く間に嵐へと変貌して騒々しく口も体も急かしく動かす。
ある者は頭に指を付けて数を数えながら、水色の宙に浮かぶキーボードを操作して。
ある者は立ち上がるだけ立ち上がって。
ある者は勢い良く指先を天に上げ結界を解除して。

無駄に忙しそうに、彼らはそれぞれの行動を成す。
「てんぷら!解除出来た!!?どう!??」
「出来た出来た出来た出来た!!!!!」
「良くやった!!!!!!!」
「行こ行こ!!はよせな朝なってまう!!!!」
「分かったから!!はいTP!!!!!」
そう叫んだ瞬間、視界が直ぐ様別の場所に移る。
それは、TPの完了したサイン。

「もう残り6体は全部結界張ってね!!!!(小声)」
「分かった分かった!!直ぐ張るな!!!(小声)」
「え敵アイツやんな?そうよな??(小声)」
「ドラム缶に首突っ込んでるけどそう!!!(小声)」
「嘘やろ!!!??!?!??!!??((小声))」

TPの完了した瞬間には、てんぷらはもう結界を張り終わっており、気配を消しながら俺ときょーさんでドラム缶に首を突っ込んだNPCに斬り掛かる。


空はもう、暗闇に染まる頃合いだった。

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