第5話

昼下がり、曇天と瞳孔
1,254
2024/02/09 14:32
トッ、タッ、ト。
リズム良く跳ねる音で踏み入るコンクリートの地。
低く跳んだ勢いのまま先程とは別の路地裏へ降り、誰も居ない事を把握しながら路地の別れ道を次々に突き進んで出来る限り市役所に近付く。

先程まで明るかった空も何時の間にか雲に染まり、路地裏から上を見上げれば空は暗く覆われていた。
(.......しょぼすけ、市役所居るかな...)
アイツとて"管理者"としての歪み対応バグ修正が山積みだ。
24時間ずっと市役所に居るとは限らない。

しかし、行かないままこの異変の報告をせず居るというのは些か"削除員セキュリティ"として甘過ぎるという話。

つまり、目的となる人物が居ようが居なかろうが、自分は其の人物が居る可能性のある所へ行かないといけないのだ。面倒な事だが。
(次の道は ──────)
スピードを緩め、曲がり角の先へ続く細い道に視線を送ろうとしたその時、話し声が聞こえた。

誰かが話している。

その事実と共に、壁に背を向け聞き耳を立てた。
何か情報が有るかもしれない、そう思いながら。
「──── 君は、この惨状に関与してないと?」
曲がり角の先、冷淡な声が鼓膜に響く。
少しだけ声の方へ片目の視線を送れば、そこには、佇む二人の人影と、その地面に転がるこびりついた多量の血液と頭部の失った心無きの死体。

.......成る程、声が言ったのはの事か。
「確かにこの場に先着で居たのは自分ですが、
.......こんな大層悪趣味な事、俺がやるとでも?」
「それもそうだが.....あれ、そっちのギャング悪趣味な実験してなかったっけ?」
「スラッとうちをディスるの辞めてくれません?」
「あぁ、すまん。シリアスも壊してしまった。」
「シリアス代表がシリアス壊してどうすんすか。」
「ここからシリアスやり直せば良い。」
「確かに。」
.......なんか雰囲気ぶち壊してない?

ちゃっかり壊していた雰囲気に、この街の住民特有の悪い所を感じながら、人影が誰なのかを考える。

恐らくシリアスをぶち壊したのはヴァンさん。
そして、彼と会話しているのは多分有坂だ。

.......ただ、どう考えてもどちらも心無きをあんな風に殺すとは考えられない。
(心無きを殺す利点がある者.......)
そう考えて、ふと思い浮かぶ。
心無き等の何かの死体が道端にあって、それに興味を示すのは自立性の思考を持つ心有りの者達のみ。

つまり、それで心有りの者を足止めすることが可能であり、それは先程見たように心有りを襲う行動をとったウイルスにとって好都合な事だ。

そして、それが指すことは ─────────
(ッ!!)
刹那、ピリッとする様な感覚に耳が疼く。
間違いない。これは、ウイルス反応だ。

「ッおい後ろ!!!!!」
「は、」

低く響く声が、焦った様に路地裏に木霊する。
ヴァンさんに手を下に引っ張られた有坂の頭部を黒く蠢く様な手が掠め、細々な髪の毛が宙を舞う。

(あれは...二人が死んで仕舞う!)

二人がウイルスを視認した以上、住民に見られない様にするなど、削除員にとっては関係無い。

視認したならば、もう見られてもしょうがない。

そう思い、瞬時に"力"で体を包んで花を咲かせ、姿を替え、まだ反動で宙を舞う羽織りなんて知らないで地面を蹴って二人の間を通り抜ける。
ニタニタ不気味に笑うNPCの顔面は黒く火の付けた蝋燭のロウの様に溶けていて、酷く気持ち悪い。
そう思えば更にそれに拒絶を感じて、大きく腕を振りかぶると同時に"力"で武器を取り出し、大きく斧を振ってNPCの頭骸骨を目掛けて振り下ろした。

「ッ■戲◆〓!」

声で自分だとバレない様、ノイズをデータに掛け、敵に向かって"削除"を示す言葉を小声で叫ぶ。

そして勢いのままNPCの体を縦真っ二つに切り裂き着地し、それが塵となって消えて行くのを見届ける。
「は.......?」
「だ、だれ.....??」
困惑する声を他所に、斧を片手に持ち替えてその姿を光で形取りデータの世界へ収納する。

「.....誰ですか。貴方。」
「市民....という訳でも無さそうですよね。」

警戒し、二人並んで此方を見据えている。
ギャングとしては100点なんだろう。

.......しかし、残念。

生憎、俺は顔だけは絶対見せたく無いのだ。
その為俺は振り向くなんて行為はしない。
(ヴァンさん、有坂....ごめんね。)
心の中で謝りを入れて、二人の背後にTPをし、その並んだ肩の合わさる所を潜り抜け指先を伸ばし、球体状にした光の"力"を凝縮する。
削除ロスト。」
驚いた二人が振り向く前に、そう呟いて二人の視界を"力"による光で包めば、記憶と意識を飛ばされた二人はドサリと音を立て眠る。

削除ロストとは、削除フィーネとはまた違う施しの事。
簡単に言えば、"記憶修正"か"存在削除"かの違いだ。

勿論、削除ロストの記憶修正も完璧とは言えないが....ま、実際「無いよりマシだろ」という管理者しょぼすけの精神で作られた応急処置だ。ウイルスを見た者には充分だろう。
(.......とりあえず、放置で良いか。)
そう思い、"削除フィーネ"で死体と血液だけ消し去って二人には無駄に触らない様にし、体の向きはそのまま、市役所の方向へと脚を進めた。




******


「ウイルスが、プレイヤーを.....マジなの?
正直俺、あんま信じれて無いんだけどさ。これ。」
「確かに前例が無いけど....マジだよ。大マジ。」
「マジでかぁ.......」

信じられない、そう喉から絞り出したかの様な声を出すしょぼすけは、困ったように眉をひそめた。

「....住民には防ぐ方法も無いし、管理側こっちの人間である俺らが何とか対処しないと......だよね。」
「そやねぇ.....でも、何日もぶっ続けで削除してたってデータの限界は来るし、何処で誰が襲われそうかなんてマップじゃ分かんないじゃん。」
「そうなんだよなぁ......」

行き止まり。
まさしく今の状況は、その一言だった。
....ただし、如何なる状況であろうが、何処かに必ず蜘蛛の糸希望の道筋は有るものなのだ。
突如、ピコーンッと頭に豆電球が輝く。
そうだ。情報の事なら有能な奴が居るじゃないか。
「....ねぇ、しょぼすけ。」
「なに?」
「みどりは?アイツに一回訊いてみよーよ。
"削除員だけ心無きの死体を、マップで表示される様には出来ないのか"って。ワンチャンあるでしょ。」
「.......えぇ?緑くん出来んのかな...」
「デキルヨ」
「わぁ"あぁあ"あぁあ"ぁ"!!!!」
「ギャア"ア"ア"ッ!!!」
「ウルサッ」
唐突に現れたみどりに、つい大きな悲鳴を上げる。
五月蝿いって何だ。急に出てくるから悪いんだろ。

.......というか、今"出来る"って言った?

「..え、出来んの!?」
「デキルヨ~、オレノコトアンマ舐メナイデ?」
「舐めて無いけどね。俺は。」
「いや僕何も喋って無いんだけど!?!?」
「ア~、聞ーこーえーなーいー!」
「おいコラらっだぁ????????」
「ショボサン.....ユルサン.......」
「僕舐めて無いって!!!!!!」

都合の悪い事は聞き流して、とりあえずしょぼすけを犠牲に耳を塞ぐ真似事をする。

そして、しょぼすけの髪の毛で遊び始めたみどりを横目に「じゃあ、」としょぼすけへ声を発する。
「とりあえず、異常この事の対処はみどりに一旦任せて、俺は今日の残りを全部"青井らだお"として過ごしつつ街に居る奴らに異変が無いか監視するわ。」
「うん。そうして。」

「みどり?」
「ン?ナァニラダオクン。」
「任せたよ?マップのやつ。」
「ンア~、.....ババアに、任せて!☆」
「ッwww、うんw任せたわww」
唐突に流暢なババアを聞いて肩を震わせながら、席を立って"力"で姿を「らっだぁ」から「青井らだお」に替え、ドアノブに手を掛ける。

「じゃ、またね。しょぼすけとみどり!」
「ん、また~」
「ジャネー」

そう言葉を紡げば、ひらひら手を振り返してくれる二人に背を向け、扉を開いて足を踏み出した。


******



市役所から出て、とりあえずとレギオンに向かった俺は、早速嫌な出会いたくない人に捕まってしまっていた。

「いやぁね、良かったらっていう話何ですよ。」
「じゃあ、「で・も!」
「私、マクドナルドからしてみれば、是非ともらだおさんに来て欲しいんですよ。是非とも!」
「え、えぇー....でも俺、仕事がぁ.....」
「アレッ!来てくれないんですか?合コン!
はぁあ、悲しいなぁ....折角誘ったのになぁ.....」
「い、いや.......」

「でも、良いんですか?断っちゃって。」
「何が?」
「だってぇ、それで前来なかったじゃ無いですかぁ。
あぁ.....もし今回来てくれないなら、私、ありとあらゆる貴方のウワサ話をバラまいちゃうかも.......」
「ウグッ.............

.....はぁ、分かりました。行けばいんでしょ!」
「流石らだおさん!!」
「はぁ....................」
「では、今日の夜11時にレギオンに迎えに行きますね!待っていて下さい!」
「はい..................................................」
心なしか輝いていたマクドナルドさんの瞳に溜め息をく。....勢いに押された先程の自分を恨みたい。

だがまぁ、在りもしない噂を流されるよりマシだ。

合コンにゃあヤな予感しか無いが、監視ついでとでも思って行くしかないんだろう。

そう思って、遠い目で空を見上げる。
俺の心とは真反対に、空は曇天の灰から晴れの青色に雲を所々残しながら、その姿を覗かせていた。


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