離島で入国手続きが必要かと思いきや、その制度は廃止されたようだ。
茶屋にいた好青年はそういった。
あなたの放浪者の名前は懐かしそうに目を細める。
一応彼の故郷であるわけだし、きっと心の中で思い出を振り返っているのだろう。
あなたの放浪者の名前は私の手を引いて歩き始めた。
懐かしい道のりを歩んでいくと、見覚えのある砂浜にたどり着く。
忘れたかい、とあなたの放浪者の名前は困った顔をする。
あの時君に助けてもらっていなければきっと私はここに存在していなかったのだから。
もっとも、自分が幸福になっている未来など到底思い描けなかっただろう。
まるで心を読んだかのような返事に少し驚きながら私とあなたの放浪者の名前は延々と続く海を眺めていた。
思い出話に花を咲かせているうちに時間はどんどんとすぎていき、風が寒くなってきた。
立ち上がったあなたの放浪者の名前がさりげなく私に手を差し出す。
彼の手を借りて立ち上がり、私たちは再び歩み始める。
この砂浜から家はそう遠くなかったはずだ。
少なくとも1年以上はこの家を離れていたはずなのに家の状態は手とても良好なまま保存されていた。
カラカラと扉を開いて中に入っていく。
厨房の棚を開くと懐かしい茶器が出てきた。そういえばこれも置きっぱなしだったな。
至る所に埃が積もって泊まるどころの話ではない。
こうして一夜かけてお掃除大作戦が始まった。
人形である私たちは食事睡眠を取らなくても一切問題がないので、ある意味私たちにしかできないことかもしれない。
まずは二手に分かれることにした。
あなたの放浪者の名前には自分の部屋と居間、客間、あとは廊下を少し。
私はそれ以外の場所と廊下、自室など。
あなたの放浪者の名前、私を拾う前は一人でここに住んでいたのだろうか。
ふと彼の過去について考える。
スメールで彼が何かしらの変化をしたことは知っているが、具体的にどのように変化をしたのか正直私にはわかっていなかった。
蛍ちゃんはきっと知っているのだろうけれど、あなたの放浪者の名前のことだからきっと私が彼女に何を聞いても答えないようにと釘を刺しているだろう。
私とて無理矢理彼の過去を暴きたいわけじゃない。ただの好奇心だけでは触れていけない領域がある。
恋仲になったとはいえど、やはりある程度の線引きはしなくてはならないと思っている。
たとえ彼にどのような過去があったとしても、私は彼から逃げ出すことはない。
私が好きなのは今のあなたの放浪者の名前で会って、過去の彼ではない。
それは残酷なことなのかもしれない。けれどそれは事実だ。
幼い彼が好きなわけでも、裏切られ傷ついた彼が好きなわけでもない。
彼が時折見せてくれる表情や、感情が愛おしくて、側にいたいと思ったから今この場にいるのだ。
明け方近くになり自室以外の掃除が完了した。
ゆっくりと自室へ足を運んでいると庭先に一輪の花が咲いているのが目に入る。
あなたの放浪者の名前は花なんて植えていたのだろうか。
見覚えのある紫色の花だった。確か、杜若。不意にこの花を植えたのが自分であることを思い出す。
花言葉は忘れてしまったけれど、彼の瞳の色によく似ていて私がこっそりと植えたのだった。
再び回想していると、背後に誰かが近づいたのを感じ取った。
振り向くと、そこには一人の女性がいた。
その女性の顔にはなぜか見覚えがあった。
そう、まるで彼が女性になったかのような錯覚ーー。
あまりにも顔を見過ぎていたのか不思議な表情をされた。
謝罪を述べて頭を下げる。
しばらく沈黙が場を満たす。正直、とても居心地が悪い。
私とその女性は初対面だし、女性の目的もわからない。
そういえば先程顔を見つめていたときにも感じたけれど、女性の瞳は紫色だった。
ちょうどそこで咲いている花のような。
もしかしたら、という一抹の期待が胸に宿るけれどそれを聞くのは女性にも彼にもよろしくないように思えて胸の中にしまっておくことにした。
それならこの女性はなぜ庭にいたのか、と余計なことまで思考しそうになるが意識的に思考を打ち切る。
私は一礼してから女性の元を離れ、あなたの放浪者の名前を探し始めた。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。