第12話

10話 猫の手を借りてだした答え
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2024/04/29 15:33
*





冬。

11月初旬。

その日は年内で初の雪が降った。
積もる程の雪ではなかったが、当時の記憶ではこの日はやけに鮮明に覚えてる事がある。

中庭のビオラやパンジーを眺めにやってきた二人の男女。
彼等はその年の夏に余命宣告をされた者達であり、同じ時期に病名を診断され、同じ時期に入院したという。
年齢も同じだったものだから、そこから話題は広がっていき、秋には恋人となった。

彼等には毎日日課にしていることがあった。

それは……。

とある男性
とある男性
……?えと、質問の意図がちょっと分からないなあと
彼女
彼女
え、そうかな
とある男性
とある男性
『もしもお互いのどちらかが他人に殺された時、残された方は復讐しにいく?』……いきなりとうしたの?
 
彼女
彼女
んー……確かに君には難しかったかもね
このように他愛のない会話を何度も何度もすることだ。

今のように奇妙な質問をしたり、逆に一般的な質問をしたり、また奇妙な話をしたり、また逆に穏当な話をしたりと……。

そして、今日はいきなりこのような会話へと発展したのだ。
男の方はしばらく考え、次のように答えた。
とある男性
とある男性
やっぱ復讐しにいくかなあ
彼女
彼女
なんで?
とある男性
とある男性
なんで?って言われてもなあ、殺した側に理由があってそれが妥当な物ならまだ……いや、どんな事があっても人は殺しちゃだめでしょ!!ってことで復讐します!!
彼女
彼女
ええ……なにその理論、ウケるね
女の方は男の解答に小馬鹿にしたように笑ってしまった。
彼女
彼女
ああ、でも、そうか。復讐って言ったら殺すだけじゃないもんね、嫌がらせとかするの?
とある男性
とある男性
うん……?うーん……わからない、決めてなかった!
いやあ復讐するとしてもなあ……
彼女
彼女
わからないか……
とある男性
とある男性
ああ、でも
彼女
彼女
うん?
とある男性
とある男性
復讐、というか、やっぱり殺す側に対しては殺意湧くかなあと
彼女
彼女
ほほう?
とある男性
とある男性
あんまり俺ってそういう復讐みたいなの難しいと思うんだよな。
殴ろうとするとどうしても相手の痛がる顔が先に頭に浮かんでさ、蹴ったり悪口言ったりするのも同様で……でもどうしてもイライラしたり、それこそ君がもしも殺されるなんてことになったら殺す側には殺意湧いたり……
彼女
彼女
要するに小心者ってこと
とある男性
とある男性
ひどい!?!?!?!?!?
彼女
彼女
まあ、でも。君らしいね
そう言うと、女は近くにあったパンジーを手で軽く撫でる。
粉雪の結晶が女の腕や頭に落ちてはすぐに消えた。
傘をさそうと男は急いで持ってきた傘の一つを女の上に持ってくるが、女はそれを拒んだ。

粉雪はいまも、彼等の頭、肩等至る所に落ちてはすぐに消えていく。

しばらくして、

先程の質問の意図に男はまるで検討皆目つかなかったが、少しだけ、ほんの少しだけだがようやく理解した。

とある男性
とある男性
憎い?
彼女
彼女
なにが?
とある男性
とある男性
いや、神様とか、病気とか色々
しばらく女は、黙って花の方を見つめていた。
そして口を開いた。
彼女
彼女
そりゃあ憎いかな、髪の毛とか頑張って手入れしてたし、肌も保湿クリームとか高いの買ってやってたのに全部台無しにされちゃった
とある男性
とある男性
まあ、だよね
それからは二人共に、今の景色を楽しんだ。

二人の余命宣告時期は、ちょうど今だ。
お互いに飲む薬の量は多くなり、副作用のせいで肌がただれ、髪の毛は全て抜けきり、血を吐くようになってしまった。
男の方は、恐らくそこまでダメージはないが……女の方は精神的にも肉体的にも……。

無言で眺める雪で、花々で、この景色で最期かもしれない。
刻一刻と迫る寿命。
その恐怖を遮るかのように今日も今日とて、二人は会話を続けた。
彼女
彼女
私はしてほしくないな
とある男性
とある男性
彼女
彼女
復讐
とある男性
とある男性
なるほどね、まあそれも一つの選択だしいいと思うよ
彼女
彼女
何言ってんだか〜露骨に嫌そうな顔しちゃってー
とある男性
とある男性
いやあ、本当。
あ、でも理由は知りたいかも
彼女
彼女
理由?……理由、か
女は改めて、男の方へ向き直った。
彼女
彼女
さっきも言ったけど、君が復讐とか似合ってないし、仮に実行してそれが成功したら君はすごく落ち込みそう……
とある男性
とある男性
うーん否定はしないかな
彼女
彼女
だよね
彼女
彼女
まあ、だから、もしも私が殺されたらさ、仕方ないって流して次の幸せ見つけてほしいかな、て
とある男性
とある男性
次の……幸せ……
一つ一つの単語を噛み締め、発した。

次の、幸せ?
次なんてあるだろうか?こんなにも素晴らしい女性と同じ或いは以上の女性が?
幸せなんてあるだろうか?こんなにも素晴らしい女性と体験した半年間と同じ或いは以上の幸福が?

彼女
彼女
『しょうがない』って諦めることもたまには大事。
例えば、私が殺されたとかも、今の私達の状態髪の毛とか肌とか、全部、しょうがないんだよ
女は堪らず、顔を下げた。

しょがない。

本当に、そうなのか?

起こるべくして起こった事案なら、しょうがないのかもしれない。
とある男性
とある男性
でもやっぱり俺は……
彼女
彼女
まあ病気はともかく、殺されたりとかは確かに私はしょうがないで片付けられるのは嫌かな
とある男性
とある男性
そうだよ、だから俺は……!
彼女
彼女
それでもやっぱり私はしてほしくないなあ
……また、無言が続く。

彼女
彼女
うーん、言い方が悪かった!
とある男性
とある男性
彼女
彼女
ごめん変な話になっちゃったね。
まあつまり、私は君に復讐とかしてほしくないわけね、ごめんねややこしく自分の気持ちまで吐露しちゃって
とある男性
とある男性
え、あ、ちょっと待
彼女
彼女
ひゃー今日は寒いねえ本当、もう中入ってなんか温かいの貰おうよ!
とある男性
とある男性
ちょ、ちょっと待ってって!!
女はそそくさと院内へ戻る。
男はそれに追いかける。

この日は、彼等が亡くなる、10日前の出来事であった……。






*






神様
んー……つまりお前がトロイせいで彼女の満足する答えを言えなかったと
とある男性
とある男性
ちょ、ちが!!つうか勝手に人の頭の中覗くな!!
くそ……神様の野郎俺の楽しかった……いやこれは甘酸っぱい?いやんなことはどうでもいいや……思い出勝手に見やがった!!

神様
わしならこう答えるんだがなぁ……『君に起こった理不尽が俺は何よりも辛いから、復讐で得た悲しみや痛みなんて俺は耐えて君のために頑張るよ』っとなあ……いやあこれだから馬鹿は見ててイライラするのう
とある男性
とある男性
おま、そこまで言わなくていいだろ!!てか俺だって似たようなの言おうとしたし!!
神様
ほう……?
ほう……。


まあよい
神様は「おホンッ」と豪快に咳払いし、神妙な顔つきで俺を睨んだ。
神様
……まさかこの期に及んで、『復讐』を選択するわけじゃなかろうな、なあ?
とある男性
とある男性
……
俺は考えた。
この短時間で必死に考えた。

(恐らく)今日起こったあの辛い出来事。
急に思い出したとある日に彼女と話した、あの話のこと。

『復讐』。
復讐なんて言葉で簡単に片付けてるが、彼女が受けた苦痛、傷みは決して優しいものじゃない。
かといってそれが、セミ一匹でなし得る復讐だなんてたかが知れてる。
本来奴等に与えるべきは『絶望』または『死』がとても似合っている。
とても似合ってるからこそ、俺がなし得るわけじゃない。

そしてもう一つ。

……彼女はそれを本当に望んでいるのか?と。

仮にあの時の『しょうがないと思うことも大切』辺りの下りが彼女の本心だとしても、復讐してほしくないは彼女はどういう心境で言ったのだろうか?

本当は俺に復讐させたくて、あえて捻くれた解答をしたとか?
俺が馬鹿だから反抗するのを読んで、か?

否。

俺はもう一度よく考えた。

……そうか。

答えは案外、近くにあったもんだな。




俺は神様を指差し、こう答えた。
とある男性
とある男性
俺はあんたに復讐しようかな?
神様
は?いきなりどうした??気でも狂ったか?
とある男性
とある男性
いやいや、そうじゃないんだよねえ
俺の答えはこう。

彼女のあの話……。

しょうがないのは、自身の運命。
復讐したいのも、自分の運命。

それは自分が復讐したいだけで、俺には復讐しないでほしい……つまり自分の手でなんとかするから、俺は手出しするなってことだったのだ!!

とある男性
とある男性
したがって、俺は自分の運命に抵抗するのさ!!
神様
…………………?????????
とある男性
とある男性
……?なに?その反応
まるで何を言ってるんだ?と言わんばかりの神様を無視して、俺は更に続けた。

とある男性
とある男性
彼女は要するに、俺のやりたいようにやれってことを伝えたかったんだよ!!
それが復讐でも、諦めでも、俺がやりたいことなら彼女側も折れてくれるってことでー……
神様
ッッッッッッこんのバカちんがああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
とある男性
とある男性
いっっっっっ!?
また殴られるのかよ……!
持ってる杖で何回ま何回も俺を殴ってくる神様。


しばらく殴った後に、息を切らして神様は聞いてきた。
神様
でぇ……要するにお前は
とある男性
とある男性
ああ……はい……すみません紛らわしいこと言ってしまって……つまり俺は彼女と平穏に暮らすわけです
神様
最初からそう言えこの猿人が!!

はあ……、言いたいことがようやくわかったぞ……
とある男性
とある男性
そうなんすよ、
俺が死ぬ運命が来るなら、それに抗う。
神様が俺達を面白がってるなら、それに抗う。
蝉と猫だろうが絶対に幸せに暮らしてやる。

それが俺なりの復讐なんすよね
神様
べつにわし面白がってなんか……まあよい
神様は再び咳払いしをし、俺にもう一度、確認をした。
神様
……『彼女と平穏に過ごす』。
それがお前の選択なんだな?
とある男性
とある男性
イエス
神様は「そうか」と呟き、そのまま黙った。

そして、なにかに納得したかのようにうなずき、俺に再び視線を向けた。
その時の神様の顔はやけに優しく感じた。
神様
……ふむ、よかろう
神様
それがお前の答えなら、それがお前なりの復讐とやらなら、必ず達成してみせろ。
わしからは以上だ
とある男性
とある男性
……てことは今から
神様
ああ。今から……もう一度だけ、セミの幼虫からスタートしてもらう
とある男性
とある男性
!!
神様
ただし……。

その前に一つだけ
とある男性
とある男性
……はい?
神様
もうわかってるとは思うが。

お前の言動、行動一つで他者の運命や理を簡単に変えてしまう。
ノコチーが良い例だ。
やつはたまたまお前と出会ってしまったばかりに、最悪な運命を辿ってしまったわけだ。

これからの一挙手一投足、よく考えるのだ。

それがお前の愛する彼女の運命を変えてしまうのだから。

さあ……いくのだ!
神様はそう言うと、持ってる杖で雷のようなバチバチとしたエフェクトを出しながら、俺に向けて何かを発射した。
とある男性
とある男性
ばばばばばばばばばばばばば!!?
まあ、案の定雷でした。

俺はそのまま、雷に打たれ、雲から下……下界、現実世界へ落ちていった……。
【11話に続く】

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