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冬。
11月初旬。
その日は年内で初の雪が降った。
積もる程の雪ではなかったが、当時の記憶ではこの日はやけに鮮明に覚えてる事がある。
中庭のビオラやパンジーを眺めにやってきた二人の男女。
彼等はその年の夏に余命宣告をされた者達であり、同じ時期に病名を診断され、同じ時期に入院したという。
年齢も同じだったものだから、そこから話題は広がっていき、秋には恋人となった。
彼等には毎日日課にしていることがあった。
それは……。
このように他愛のない会話を何度も何度もすることだ。
今のように奇妙な質問をしたり、逆に一般的な質問をしたり、また奇妙な話をしたり、また逆に穏当な話をしたりと……。
そして、今日はいきなりこのような会話へと発展したのだ。
男の方はしばらく考え、次のように答えた。
女の方は男の解答に小馬鹿にしたように笑ってしまった。
そう言うと、女は近くにあったパンジーを手で軽く撫でる。
粉雪の結晶が女の腕や頭に落ちてはすぐに消えた。
傘をさそうと男は急いで持ってきた傘の一つを女の上に持ってくるが、女はそれを拒んだ。
粉雪はいまも、彼等の頭、肩等至る所に落ちてはすぐに消えていく。
しばらくして、
先程の質問の意図に男はまるで検討皆目つかなかったが、少しだけ、ほんの少しだけだがようやく理解した。
しばらく女は、黙って花の方を見つめていた。
そして口を開いた。
それからは二人共に、今の景色を楽しんだ。
二人の余命宣告時期は、ちょうど今だ。
お互いに飲む薬の量は多くなり、副作用のせいで肌がただれ、髪の毛は全て抜けきり、血を吐くようになってしまった。
男の方は、恐らくそこまでダメージはないが……女の方は精神的にも肉体的にも……。
無言で眺める雪で、花々で、この景色で最期かもしれない。
刻一刻と迫る寿命。
その恐怖を遮るかのように今日も今日とて、二人は会話を続けた。
女は改めて、男の方へ向き直った。
一つ一つの単語を噛み締め、発した。
次の、幸せ?
次なんてあるだろうか?こんなにも素晴らしい女性と同じ或いは以上の女性が?
幸せなんてあるだろうか?こんなにも素晴らしい女性と体験した半年間と同じ或いは以上の幸福が?
女は堪らず、顔を下げた。
しょがない。
本当に、そうなのか?
起こるべくして起こった事案なら、しょうがないのかもしれない。
……また、無言が続く。
女はそそくさと院内へ戻る。
男はそれに追いかける。
この日は、彼等が亡くなる、10日前の出来事であった……。
*
くそ……神様の野郎俺の楽しかった……いやこれは甘酸っぱい?いやんなことはどうでもいいや……思い出勝手に見やがった!!
神様は「おホンッ」と豪快に咳払いし、神妙な顔つきで俺を睨んだ。
俺は考えた。
この短時間で必死に考えた。
(恐らく)今日起こったあの辛い出来事。
急に思い出したとある日に彼女と話した、あの話のこと。
『復讐』。
復讐なんて言葉で簡単に片付けてるが、彼女が受けた苦痛、傷みは決して優しいものじゃない。
かといってそれが、セミ一匹でなし得る復讐だなんてたかが知れてる。
本来奴等に与えるべきは『絶望』または『死』がとても似合っている。
とても似合ってるからこそ、俺がなし得るわけじゃない。
そしてもう一つ。
……彼女はそれを本当に望んでいるのか?と。
仮にあの時の『しょうがないと思うことも大切』辺りの下りが彼女の本心だとしても、復讐してほしくないは彼女はどういう心境で言ったのだろうか?
本当は俺に復讐させたくて、あえて捻くれた解答をしたとか?
俺が馬鹿だから反抗するのを読んで、か?
否。
俺はもう一度よく考えた。
……そうか。
答えは案外、近くにあったもんだな。
俺は神様を指差し、こう答えた。
俺の答えはこう。
彼女のあの話……。
しょうがないのは、自身の運命。
復讐したいのも、自分の運命。
それは自分が復讐したいだけで、俺には復讐しないでほしい……つまり自分の手でなんとかするから、俺は手出しするなってことだったのだ!!
まるで何を言ってるんだ?と言わんばかりの神様を無視して、俺は更に続けた。
また殴られるのかよ……!
持ってる杖で何回ま何回も俺を殴ってくる神様。
しばらく殴った後に、息を切らして神様は聞いてきた。
神様は再び咳払いしをし、俺にもう一度、確認をした。
神様は「そうか」と呟き、そのまま黙った。
そして、なにかに納得したかのようにうなずき、俺に再び視線を向けた。
その時の神様の顔はやけに優しく感じた。
神様はそう言うと、持ってる杖で雷のようなバチバチとしたエフェクトを出しながら、俺に向けて何かを発射した。
まあ、案の定雷でした。
俺はそのまま、雷に打たれ、雲から下……下界、現実世界へ落ちていった……。
【11話に続く】
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。