「みんな、おはよー!」
教室につくと、彼はクラス中にしっかりと聞こえるぐらいに声を張り上げて、元気よく挨拶をした。
隣にいた私は、目立つことが苦手な故、どうしようもない恥ずかしさに襲われた。
一気に静まり返る教室。
彼へと向けられた視線は、どこか冷たさを感じて、私は怖くなった。
彼の方へ目をやると、笑顔のまま辺りを見回していた。
未だに続く沈黙に、私はこの場から逃げ出したい気持ちになる。
「あの、泉くん……」
「みんなどうしちゃったの?急に大声出してびっくりしちゃったのかな?ごめんね!まだ2日目だし少しずつ仲良くなっていこうね!ではではよろしく!」
重い空気に耐えられなくなった私は、彼に助けを求めようと声をかけたが、その声は一瞬でかき消されてしまった。
相変わらず、笑顔のままみんなに話しかける。
やっぱり誰も反応がない。
でも、彼はその状況に動揺した素振りも見せず、私に手招きすると、自分の席へと向かい始めた。
「おい、お前今度は女子にまで変な洗脳させる気かよ」
向かう途中、背の高い見知らぬ男子がイラついた様子で彼に話しかけた。
「ん?僕のこと?洗脳ってなんのことかよく分からないけど、とりあえずこの子に変なちょっかい出しちゃだめだよ」
「お前マジできもいんだけど」
「えっ!きもかったかな……?ごめんね!」
あっさりとそう言い終えると、彼は自分の席へと歩みを進めた。
わざとした言動なのか、これが彼の素なのか分からないが、私はその場で硬直してしまう。
あれだけ突き刺さるような視線を浴びせられ、悪いことをしたわけでもないのに暴言を吐かれても尚、こんなにも明るく振る舞う彼の姿に驚きを隠しきれなかった。
「ねえ、渡邉さん……でいいんだっけ?あのさ、あいつとあまり関わらねぇほうがいいと思うよ」
呆然としていた私に、先程の男子が声をかけてきた。
「あ、うん……?」
意味も分からず、首を傾げながらもそう応えると、私が理解できていないのを察したのか、
「そのうち、分かるよ」
とだけ言い放ってどこかに行ってしまった。
同時に、クラス内も先程までの険悪な雰囲気はなくなり、そっと胸を撫で下ろす。
自分の席に着くと、くるりと後ろを向いた彼が話しかけてきた。
「樹ちゃん!変な雰囲気にさせちゃってごめんね!それと、これから樹ちゃんが僕の話題で何か耳にすることがあったら、それは樹ちゃんが信じるか信じないか決めてもらっていいからね!」
「…………うん。あの、大丈夫……なの?」
「何が?」
「なんか、みんなの様子が…………おかしいなって思って」
「うーん、確かにね。僕は噂の知れ渡る速度ってこんなにも早いのかってびっくりしちゃったよ!」
「あの、噂って……?」
「なんかね、僕って他の人より少し変なやつみたいなんだよねー。たまに視線感じて見てみると、コソコソ話されてるの!実際、何を言われてるかまでは分からないけど、また誰か広めたのかな?」
「そうなんだ」
「だから、もし樹ちゃんが僕の噂を耳にしたら、自分の正しいと思った行動をしていいからね!」
「えっと、それってどういう……」
「僕と関わりたくないなって思ったら、今みたいに相手しなくてもいいよってこと」
そう言って微笑む彼を見て、この子があんな対応をされる理由が分からなかった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。