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阿部side
それから俺は週に一回必ず先生の家に行って児玉さんと一緒にご飯を届けるようになった
インターホンを押しても玄関先まで出てくれることはなく、
インターホン越しに聞こえる声もはっきりと聞こえない
ごめんとかそこに置いといてとかの一言二言で、
学校で会う先生のイメージとはかけはなれていたけれど
先生の声を聞けるだけで
先生とのつながりが消えていない気がして嬉しかった
毎週児玉さんとここへ来るのは4回目になり、気づけば初めて先生にご飯を届けてから1ヶ月たっていた
「もしもし〜?児玉だけど
ご飯いつもみたいに置いとくね〜!!」
そのまま帰ろうとして扉に背を向けたその時、
ゆっくりと扉が開いた
久しぶりに会った先生は疲れた顔をしていてすごく辛そうで
少しだけ顔を見せてすぐに先生は戻ってしまったけれど
それでも会えたことで、扉を開ける勇気を持ってくれたことで
なんだか泣きそうになってしまった
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4回目の日から必ず顔を合わせてくれるようになった先生
児玉さんと先生と俺の奇妙なメンバーの食事会
電子レンジで温める白米とスーパーのお惣菜とインスタントのお味噌汁の簡単なご飯だったけれど
久しぶりに見れた先生の笑顔を見ながら食べるご飯は
今まで食べたご飯の中で1番美味しかった
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渡辺side
「阿部くん、夜遅くなる前にもう帰りな?」
とあいつが阿部を帰したあと、俺は久しぶりにちゃんと使った食器を洗っていた
「そっか」
「うん、生徒たちも待ってくれてるんじゃない?」
「阿部くんも拓郎が戻るって言ったら喜ぶよ」
「大丈夫、絶対喜ぶから」
「ここにご飯を届ける時、毎週毎週お前の話しか聞かないぜ?」
「あの子に愛されてるんだな」
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阿部side
いつものように起きて、いつものように電車に乗り、いつものように2年C組の教室に入る
そして、いつものように担任の田邑先生が喋る
最初は静まり返っていた教室から次々とクラスメイトによる暖かい声援と拍手が起こる
その光景を見て
先生が心から笑っているようで
やっと日常が戻ってきたことにとても安心した
窓の景色は気づくとあと大雨の日から次の季節に進んでいた
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あっという間に高校生活も終わり、何とか志望校に受かり、卒業式を迎えた
先生が学校にいなかった期間なんて幻みたいで
当たり前の日常を謳歌し続けていた
泣きながら友達と抱き合う人、後輩に囲まれて制服のボタンをせがまれている人、卒業式の看板の前で親と記念撮影をする人
各々が最後の高校生の日を記憶に刻みつけようとしていた
そんな人たちを横目に俺は校舎の少し外れにある部屋へと急ぐ
式典用の服からいつ着替えたのか、担任の田邑先生はいつも通りの作業服を着ていて
いつも通り美術準備室で絵を描いていた
泣くつもりなんてなかったのに
先生の顔を見た瞬間、ずっと堪えていた何かが崩れ落ちた
先生は持っていた筆を置いて、泣いている俺をそっと抱きしめてくれた
、
俺は先生の腕の中で子供みたいに泣きじゃくった
そろそろ泣き止めと笑いながら先生に言われて
ふと時計を見上げると帰らなくてはいけない時間だなと思う
先生が渡してきたのはあの日の絵
空が書かれた美しい風景画
空と言っても青空じゃない
ピンク、紫、赤、黄、オレンジ、そして少しの青
ずっと、夕焼けだと思っていた
この絵は夕焼けじゃないのかもしれない
前に見た時よりも光が鮮烈で
夕焼けは晴れ、朝焼けは雨という言葉がある
一般的に西から東に変わる天気の性質を端的に表したものだ
ずっとこの絵はこの後夜空になるのだと思っていた
でも、きっと違う
この絵はこの後青空になる
そしていつかこの青空に無色透明な雨が滲んで溢れた時に
先生も一緒に泣けたら良い
fin.
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。