あれから、1週間が経った。私は約束通り、センラさんとはまともに話していない。仕事の話は出来るだけ手短に終わらせて、プライベートの話は一切していなかった。
だから私は、この配信がセンラさんと繋がる事が出来る唯一の楽しみだった。このときくらいは、約束を忘れてもいいだろう。
笑ってコメントしたあと、いつものように布団に潜り込んだ。
朝が来て、重い体を持ち上げて会社へと向かった。今日は会議のときにお茶をだす仕事をあの先輩達と行う。気分が下がりながらも、私はいつもと同じ風景を見ながら電車に揺られるのだった。
美咲さんはいつものように、綺麗な笑顔で笑いかけてくれた。あの事があってからも変わっていない様子で、安心しながら会話を続けた。
センラさんはというと、最近あの先輩達と話していることが多い。正直言うと先輩達の気迫に若干引きつつ苦笑いを浮かべながら対応しているのだが、今の私には笑顔で対応しているようにしか見えず、胸の辺りがモヤモヤとしていた。
センラさんが話しかけてきたので、早口で美咲さんと席を外した。こんなこと、これで何回目だろう。胸が痛くなりながら休憩スペースへと向かった。
心配そうな顔で見つめる先輩に、言葉を詰まらせる。こんなに心配させて、それでも言えないことの罪悪感に押し潰されそうだ。
俯きながら絞り出した言葉に反応したのは、美咲さんではなくセンラさんだった。顔をあげると、眉間に皺を寄せたセンラさんが、思いの外近い距離で私を見つめていた。
私達の間に、重い沈黙が流れた。しっかり顔を合わせるのなんて、いつぶりだろう。誰かに見られたら、という戸惑いの端で嬉しいと思ってしまう自分がいることに、恥ずかしく思う。
最初に沈黙を破ったのはセンラさんで、その声はどこまでも優しく、心地のいいものだった。
確かに、センラさんが嫌いなわけじゃない。だけど、こんな態度をとられたら嫌われたと思うのが普通ではないだろうか。しかしセンラさんは、口許を薄く緩めて優しく笑い、こう言った。
知られていたのか。
恥ずかしくて、顔が赤くなるのがわかった。目線を下にさげて、なんとかこの羞恥から逃れようとした。すると、センラさんの大きな手が頭に優しく置かれた。
その優しさに、甘えたくなる。無意識に口を開いたところで、甲高い、 あれー? という声が邪魔に入った。
先輩だ。少し残念に思いつつも、言葉を遮ってくれたことに安堵する。センラさんの背中をぐいぐいと押して進む2人の後ろをついていったとき、先輩がちらりと振り返った。その視線は、これから殺人でも侵すような、冷たい視線だった。
お盆に乗ったお茶を渡され、2人の先輩と共に会議室へ向かう。コンコンとノックしてから、机に向かい合って座る皆さんに、お茶をコトン、コトン、と優しく置いていく。
それは、突然起こった。気が付けば、濡れた服に身を包んで、髪からはポタポタと水──いや、お茶が滴り落ちていた。
駆け寄ってきた張本人が、私の耳元で薄く笑った。その瞬間、これがわざとなのだとわかった。上司の人達からは驚いたような、呆れたような目で見られ、センラさんには本当に心配されている。自分が惨めで、悔しかった。
目の前で交わされる会話も、私の耳には入ってこなかった。悲しくて、悔しくて、目の前が真っ暗になった。
机の上に置きっぱなしだったお盆を手に取り、足早に部屋を出ていった。
溜めていた涙に気が付いたのは、センラさんだけだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。