転生した翌朝。
日向は与えられた部屋の隅で小さく丸まりながら、高人の声を待っていた。
「日向、行くよ」
声をかけられただけで、肩が跳ねる。
その反応を見て、高人は心底心配そうに眉を寄せた。
「……ごめん、驚かせた?」
日向は慌てて首を振る。
「ち、違います……わ、私の、せいです……」
否定するように高人は手を振る。
「そうやって謝らなくていいんだよ。今日は服を買いに行って、それから病院だ。
大丈夫、俺がついてる」
その「ついてる」という言葉さえ、日向には少し怖かった。
木造の天井から柔らかな布が揺れ、店内には少女向けの服が色とりどりに並んでいた。
フリル、リボン、淡い色合い――どれも日向には眩しすぎる。
「す、すみません……あ、あの……な、何を買うんですか……?」
「いちいち謝らなくていいよ。柊さん、君の服を買うんだ」
「い、いえ……今着ているので十分です……」
高人は一瞬きょとんとしたあと、小さくため息をついて微笑んだ。
「それしか服がないじゃないか。他のも買うよ。
服以外にも必要なものは揃える。拒否権はない」
優しいが、逃げ道のない声音。
日向は縮こまりながら、これ以上言ってはいけないのだと悟り――
「……はい。ありがとうございます」
それが、精一杯だった。
⸻
数時間後
紙袋と箱が山のように積み上がり、シュシュの腕は完全に塞がっていた。
「結構買ったね。先に持って帰ってもらおうか」
ぱたぱたと元気な足音。
「シュシュ、お願いできる?」
「わかりました!! 二人とも気をつけてくださいね!」
獣耳がぴょこぴょこ揺れ、尻尾が勢いよく振られる。
十歳ほどの少年――日向の世話係となった獣人のシュシュだ。
「終わったら呼んでくださいねー! お迎えに来ますから!」
馬車は大荷物を載せ、屋敷へと戻っていった。
「さて、俺たちは病院に行こうか」
「……はい……」
日向の声は震え、体も小刻みに揺れていた。
高人はそっと距離を詰める。
「大丈夫。診てくれるのは俺の知人だ。緊張しなくていい」
「……お、女の人……ですか……?」
「そうだよ。嫌なことはされない」
もし男性医師だったなら、日向はきっと立っていられなかっただろう。
高人は、それを理解しているようだった。
ガラガラッ。
診察室の扉が開く音と同時に、高人の声が響いた。
「来たよ」
「おっそい! どこで道草食ってんだ!」
威勢のいい声が飛び、日向はびくりと肩を震わせた。
反射的に身を縮める日向を横目に、高人は小さく笑う。
「柊さん、こいつはノア。これでも腕の立つ医者だよ」
白衣をひるがえし、ノアはにこりと日向を見た。
「……あ、あの……柊 日向です……よ、よろしくお願いします……」
震えながら名乗る日向に、ノアは頷く。
「私はノア。こんな名前だけど日本人だよ。転生前の記憶がなくてね」
その言葉に、日向の表情がわずかに和らいだ。
ノアは続ける。
「転生は珍しくない。でもね、転生されたからって必ず嫁になる義務があるわけじゃない。
選ぶ権利は、本人にあるんだ」
横で高人が苦笑する。
「私だって、嫁を断って医者になったしね」
日向の目が、不安と驚きで揺れた。
ノアは声の調子を落とし、優しく手を差し出す。
「さあ、診察をするよ。こっちおいで。
検査は義務だから、迷惑とかじゃない」
日向は小さく一歩ずつ歩きながら、震える声でぽつりとこぼす。
「……お、男の人が……怖い……です……
じ、自分の意見……言ってはいけないって……ずっと……」
ノアの眉が、静かに動いた。
「そっか……詳しいことは、無理に話さなくていいよ。
でも日向、誰かを頼ることは、少しずつ覚えた方がいいね」
日向は目を伏せる。
その後ろで、高人は二人を心配そうに見つめていた。
(俺の声をかけるだけで、あんなに怯えるなんて……
どうしたら、怖がられずに済むんだ……)
高人は拳を握りしめるしかなかった。
ノアは高人へと視線を移す。
「高人。あんた、もっと優しく声を掛けな。
日向、あんたを見るたびに震えてるよ」
「……わかってる。どうすればいい?」
ノアはクスッと笑った。
「まずは信じてもらうところからだ。
時間はかかると思うけどね」












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!