第9話

同じ会話
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2023/04/21 10:20
マスターが呼んだ「煌星」という人物。
その人物が気になり、自然を装いマスターに訊いてみる。返答はバーで詳しく話すということだった。

誰も居ないバーに着き、マスターが水を入れたコップを僕の前に置く。
鷹志
それで、煌星さんというのは?
マスター
......俺の元彼だよ。数年前に亡くなったけどね
ピアスの石を少し触る。触っていたことに気付いたマスターは慌てて、手を離す。でも、今の僕にはその行動は目に入っていなかった。
鷹志
えっ...
マスターからの言葉に思考が止まる。“死”というものはこの世界では、僕達にとっては常に身近にある存在だ。実際、街中で血を流して倒れる人も何度も見てきた。だが、知人の口から聞くもの。つまり知り合いの知り合いの死というものはこんなにも思考の真ん中に落ちてくるものだとは思っていなかった。
何も言えずにいると、マスターはまた話し始める。
マスター
煌星は射殺で...だから、警察が怖くなっちゃって
「ダメだね。俺」と言いながら、苦しそうに笑う。微かにマスターの腕が震えている。
鷹志
射殺...もしかして...
続きの言葉を言おうとして言葉を止める。苦しそうなマスターを更に苦しめることはしたくない。
それに後悔をしそうだから。マスターの前では、後悔することばかり言ってしまう。今までも好意を寄せた人は居た。だが、後悔するようなことはなかった。
マスター
...そうだよ。警察に、ね...
あぁ...またマスターを苦しめた...
お互いの間に沈黙が流れる。
マスターは一口、自分の前に置いたコーヒーを飲んでから、真剣だが言い辛そうな顔をした。
マスター
それで...その......源くんの気持ちには...
始めた会った時の会話での苦しそうな顔の理由が分かり、この先の言葉も簡単に予想出来た。あの時と同じ言葉が言われることを。
マスター
応えられない。もう恋愛はするつもりないんだ...
申し訳なさそうに、でも言葉を変える気はないという気持ちが込められた視線を向けられる。
マスター
あっ!もちろん、バーを出禁とかにはしないから!!
なかなか返事をしない僕がこのバーに来れないことを心配しているのかと思ったのか、慌ててそう付け足す。そこまで言われたら、断るわけにも「嫌だ」と自分勝手なことを言うことも出来なくて。
鷹志
...そうですか。分かりました
マスター
......うん。ごめんね
そう言うマスターの顔を僕は見れなかった。空になったコップを置いたまま荷物を手に取る。
鷹志
今日は僕の買い物に付き合ってくれてありがとうございました。それじゃあ、またバーに来ますね
笑顔を崩さずバーを出ようとする。
マスター
またのお越しをお待ちしております
マスターの声を背に受けながら、外に出た。
鷹志
.........全然、諦められない...っ
空を見上げれば月が輝いていた。

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