ピクニックに行ってからは、すぐに春休みに突入した。
そしてその春休みは、あっという間に過ぎ去っていった。
日本に帰省したり、家族と出かけたり、何かと予定が重なって、スンミンと会う機会はとうとう一度もなかった。
一度だけ、カトクで短くやり取りしたけど、直接会って話すことはできなかった。
だからこそ、あの桜の帰り道のことが、どんどん夢みたいに思えてくる。
あの時、確かにスンミンは「好きだ」と言ってくれた。
あなたの下の名前もその気持ちに応えたいと思った。
でも、春休みの間、その“返事”は心の中にずっとしまったままだった。
そして、いよいよ新学期。
あなたの下の名前は、制服のスカートを整えながら、少し緊張した面持ちで学校に向かっていた。
昇降口から続く廊下には、春の光が差し込んでいて、外ではまだ満開の桜がひらひらと舞っている。
春は出会いと別れの季節──誰かがそう言っていたのを思い出す。
今日は、クラス分けの発表。
新しい一年が、どんなふうに始まるのか。
どんなクラスメイトと、どんな毎日を過ごすことになるのか。
そして──スンミンとは、また同じクラスになれるのか。
その思いだけが、あなたの下の名前の胸を占めていた。
昇降口のすぐ先、廊下に貼り出されたクラス分けの表。
人だかりができていて、あなたの下の名前はそっとその中に紛れ込む。
そして視線を下にずらすと、目に入った名前。
キムスンミン
その名前を見つけた瞬間、胸が小さく跳ねた。
無意識だった。でも、やっぱり探していた。
それに気づいて、あなたの下の名前は一人で少しだけ照れてしまう。
思わず笑みがこぼれる。自分でも気づかないうちに、顔がほころんでいた。
そのまま新しい教室──三年三組の教室へ向かう。
見慣れた廊下も、ほんの少し違って見えた。
「三年生」という響きが、空気にちょっとだけ重みを与えているような、そんな感じ。
教室に入ると、すでに何人かが来ていた。
ちらほらと聞こえてくる
という声に、どこか落ち着かない。
そして──
窓側の席に、見覚えのある後ろ姿。
陽の光に当たって茶色っぽく見える、サラサラの黒髪。まっすぐな背筋。制服の着こなしは変わらず、着崩してはいないのにどこかラフで、それでもちゃんとしていて。
スンミンだった。
彼は、まるでずっとそこにいたみたいに、自然に座っていた。
周囲が変わったというのに、彼だけは何も変わっていないような、そんな不思議な安心感があった。
あなたの下の名前が教室に入った気配に気づいたのか、スンミンはふと顔を上げ、あなたの下の名前の方を見た。
目が合った。
穏やかで、優しい声だった。
少し微笑んでいるような、でもどこか照れたような表情で。
その笑顔が、胸にじんわり染み込んでくる。
あなたの下の名前も、自然と笑顔になっていた。
でも、その笑みの奥には、ほんの少しの気恥ずかしさが混ざっている。
だって、あなたの下の名前はまだ、あの時の返事をしていないから。
でもこうしてまた、何事もなかったように、隣にいてくれる。変わらずに、優しく挨拶してくれる。
そんな短いやり取りの中に、たくさんの気持ちが詰まっている気がした。
あなたの下の名前の胸は、ぽかぽかと温かくなる。
ほんの数分前まで新しいクラスへの不安と緊張でいっぱいだったのに、今はそれがすーっと溶けていくようだった。
教室の空気はまだ固くて、周囲はどこかそわそわしているのに、スンミンがそこにいるだけで、心が落ち着いていく。
あなたの下の名前は、そっと自分の胸に手をあてた。
ドキドキしていた。
でもそれは、緊張から来るものじゃない。
期待と、想いと、少しの決意が入り混じった──新しい春の音だった。
そんな思いを抱えながら、あなたの下の名前は窓際の席に向かって歩き出す。
今年は、どんな一年になるんだろう。
きっときっと、いろんなことがあるだろうけど、スンミンと一緒に笑えたら、それだけでいいと思えた。
外では風が吹き、桜の花びらがガラス越しにひらりと舞った。
新しい春が、始まっていた。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!