今日から、新人がやってくる。
店長曰く、21歳の元ニート。
そして、男性。
……そう、男性だ。
ニートってところは少し引っかかるけど、同い年の男の人なら、普通に仲良くなれるかもしれない。
…いや、むしろ仲良くなりたい。
どうか、いい感じの性格で、やりやすい人でありますように。
いや、でも、高校卒業してからずっとニートって、まともな可能性低くない?
いやいや、ダメだ。偏見はよくない。
私はいつもより少しだけ丁寧にメイクをして、日焼け止めもきちんと塗り、少し余裕を持って家を出た。
今日も相変わらず、太陽はうっとうしいほどに輝いている。
けれど、不思議と今日は気にならなかった。
会ったら、最初に何を言おう。
そんなどうでもいいことを考えながら、ファモリーマートへ向かう。
控え室のドアを開けた、その瞬間。
そこには店長と、もう一人、見知らぬ男が立っていた。
猫背で、紫のパーカー。
視線は落ち着きなく泳ぎ、私と目が合った瞬間、びくりと体を強張らせる。
……あ、たぶんこの人だ。
たどたどしい声。
ボサついた髪に、落ち着かない態度。
いかにも“慣れていません”という空気を全身から放っている。
……これが、ニート。
いや、まあ。初出勤なら緊張もするよね。
むしろ、ここまでちゃんと来ただけでもすごいのかもしれない。
私は気を取り直して、軽く微笑んだ
第一印象は大事。
そう思って、できるだけ柔らかい声を意識する。
……え、大丈夫?
今にも倒れそうな勢いで息を荒げている松野さんに、少しだけ不安になる。
人見知り、ってやつかな。
……参ったな。
扱いづらそうだし、なんだか面倒くさそうな人。
店長は軽い調子でそう言い残し、そのまま控え室を出ていった。
ぱたん、とドアが閉まる。
残されたのは、私と松野さん、二人だけ。
‧‧‧ あ、気まづい。死ぬ。
何この空気。死ぬ。
〖 一松 side 〗
やばい。
なに、この人。
可愛すぎない?
俺みたいな、消しカスみたいな人間に、こんなちゃんと笑いかけてくるとか。
なに?天使?
いや、無理、直視できない…
息できない…
どうしよう?どうすればいいんだ?
店長が「じゃあ、よろしく〜」とか言って出ていった後、空気が一気に重くなる。
やばい、二人きり。
こういうとき、普通なんて言うんだっけ。
「よろしくお願いします」?
いや、遅くない?もう遅い?終わった?
なにか話せよ。頼む、話してくれ、俺。
声、裏返った。
終わった。
俺、終わった。
なんでこんなにまともに喋れないんだよ。
ニートだったくせに、働こうとしてるだけで偉いとか思ってた自分が恥ずかしい。
こんなんじゃ、ただのゴミの中のゴミじゃん。
……消えたい。
〖 あなたside 〗
数時間後。
一通りの業務説明を終えた頃には、店内の空気もすっかり落ち着いていた。
元々人の少ない店だ。忙しさとは無縁の静けさが、ただゆるやかに流れている。
レジ前に立ちながら、私はふと隣に視線を向けた。
松野くん。
最初に比べれば、多少は肩の力が抜けたように見える。
けれど、その表情は相変わらず陰りを帯びたままで、どこか他人を拒んでいるようにも感じられた。
これが、この人の“普通”なんだろう。
ほんの少しだけ、胸の奥がむず痒くなる。
……なんか、話したい。
理由はよく分からない。
ただ、この沈黙をこのままにしておくのが、どうにも落ち着かなかった。
なるべく軽く、何でもないことのように声をかける。
間の抜けたような返事。
けれどその声の奥に、ほんのわずかな戸惑いが混じっているのを、私は聞き逃さなかった。
〖 一松side 〗
そんなの、決まってる。
家の近くのコンビニなんか選んだら、兄弟が来る。
顔を合わせて、からかわれて、笑われて‧‧‧‧‧‧そんな未来、想像するだけで吐き気がする。
だから、ここにした。
わざわざ遠くて、誰も来ない場所を選んだ。
……なんて、バカみたいな理由をバカ正直に、言えるわけないだろ。
口から出たのは、どうでもいい言い訳だった。
柔らかく笑う声。
その何気ない一言に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
一瞬、思考が止まる。
なんで、そんなことを。
なんで、そんなふうに距離を詰めてくる。
優しい、なんてもんじゃない。
こんなの、勘違いするだろ!!
好きィ〜〜〜〜!!!
いや、ちょっと待て。落ち着け。
でも、無理だろこんなの。
かわいいし、優しいし、距離近いし。
天使か?!?!?!天使なのか!?!??!
あやばい何か普通に勃起しそう
あの人、ほんと余計なことしか言わないな。
心臓が、嫌な音を立てる。
終わった。
これで完全に、俺がクズ人間ってことがバレた。
最悪だァァ〜〜〜‧‧‧‧‧‧
間髪入れずに返ってくる声。
逃げ場がない。
消え入りそうな声だった。
言った瞬間、後悔が押し寄せる。
なんだそれ。
気持ち悪。ダサい。終わってる。
そう思った、次の瞬間。
耳を疑った。
かわいい?
今の、どこにそんな要素があった?
理解が追いつかない。
でも、目の前の彼女は、確かに笑っていた。
馬鹿にするでもなく、引くでもなく。
ただ、楽しそうに。
……なんなんだよ。
こんなの。
勘違いするに決まってるだろ!!!
こちとら21年間彼女なしクソ童貞なんだわ!!!
くすり、と笑う。
その笑い声が、やけに柔らかく耳に残った。
店内は静かだった。
エアコンの低い唸りと、遠くで鳴るセミの声だけが、やけにくっきりと聞こえる。
その中で、彼女の声だけが、妙に近い。
ちょっと待って。
今の、普通に会話できてる。
俺が?
女子と?
しかも、こんなに自然に。
…おかしいよね?
変だろ。
こんなの、俺の人生に起きていいことじゃない。
なのに、目の前のこの子は、楽しそうに笑ってる。
俺の言葉に、ちゃんと反応して。
……なにそれ。優しすぎだろ。
いや、違う。
これ。俺のこと、好きなんじゃないか。
……うん、そうだろ。
じゃなきゃ説明つかないよね。
笑っている。
でも、その笑顔はどこか薄くて、ほんのわずかに、透けて見えた。
ああ。これ、嘘だ。
いや、嘘っていうか。
“全部は言ってない”感じ。
うまく言えないけど、そういう匂いがした。
気づけば口に出していた。
さっきまでの空気に戻すみたいに、軽く笑う。
けれど、その切り替えが、妙にぎこちなく見えた。
まるで、見せたくないものを、急いで隠したみたいに。
大学生。
……そうか。
同い年ってことは、四年。
ちゃんと通って、ちゃんと単位取って、ちゃんと生きてきた人間。
それに比べて、俺は‧‧‧何もしてない。
何も積み上げてない。
ただ、時間だけ無駄にして、気づいたらここにいる。
……やばい。
息が、少し詰まる。
比べるまでもない。
こんなの、勝負にすらなってない。
俺なんかが、隣に立っていい相手じゃない。
ましてや、好きになるなんて、やっぱ頭イカれてたわ。
やっぱり消えよう‧‧‧‧‧‧‧‧‧‧‧‧
軽く投げられたその問いが、やけに重く落ちた。
視線が、泳ぐ。
言葉を探すふりをしながら、頭の中では別のことを考えていた。
言いたくない。
あいつらのこと、説明するのも、思い出すのも。
全部、だるい。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!