時は少し遡り、ゾムはシャオロン、そしてチーノと共に、別の入り口から施設内へ侵入した。
チーノに腕を引っ張られるシャオロン。今は無口なシャオロンで、大人しく着いてきてくれている。声を出さないと言う事は、“奴ら”は近くにいないはず。だとすれば、警戒すべきものは...。
息を殺して内部に入ると、数人の科学者達が何やらぶつぶつと立ち話をしている。
眉間にシワを寄せながらゾムが考えていると、チーノがこっそり彼の肩をたたいた。
廊下の向こうからカツカツと、足音が聞こえてくる。
科学者達はそんな話を交わし、頼まれた人間らは、そのまま地下へと進んでいく。
ゾムが仕留めた3人の科学者の衣服を借り、変装したチーノはふふんと得意げに鼻をならした。
チーノの変装は、誰から見ても完璧なもので、よほどのヘマをしない限りでは大丈夫であろう。同じくゾムやシャオロンも服装だけ科学者と同じ格好をし、顔にはメガネやマスクを着用している。
流石に2人の声だけは、どうにかなるものではなかったので、ゾムはしばらく黙り、チーノに任せる事にした。
3人が向かった地下室は、アリの巣の如く廊下が張り巡らされた、薄気味の悪い所だった。
1つひとつの部屋には、どれも重要そうな資料がずらりと並べられてあり、異質な空気が立ち込める。
科学者から頼まれた資料は、ゾムが目の前の本棚に入れ込み、他に何かないか辺りを探し回った。
すると、シャオロンが急に声を上げた。
突然の状況の変化に混乱するチーノ。慌てる彼をゾムは落ち着かせて、周囲を警戒する。今の所、特に“奴ら”がいる雰囲気は感じない。だが、シャオロンを見ると、彼が廊下の向こうに目を向けたまま動かない。
ゾムは、“奴”が必ずいると確信した。
薄暗い地下を、ゆっくりと進んでいく。辺りはだんだん暗くなり、目の前には頑丈そうな鉄の扉が待ち構えていた。
2人は扉を無視して先へ進もうとする。だが、シャオロンは、固く閉ざされた向こう側を見つめたまま、動こうとはしなかった。
それだけではなく、彼は自身の頭を強く鉄の扉に打ち付けながらも、その部屋に向かって声を出す事をやめなかった。
ゴン ゴン ゴン!
チーノの不安がる声に焦りを感じたゾムは、すぐにシャオロンを扉から引き剥がした。額は赤くはなっているが、出血まではしていないようだ。扉の方に唸るシャオロンの目線を、ゾム自身の方へ無理やり向ける。
ゾムの目とシャオロンの目が合う。
まだ生前の色味を残した、ライトブラウンの瞳。
その片方の目で、ゾムを見るシャオロン。
確信したような、そしてそれを語りかけるような、真っ直ぐな瞳だった。
しばらくチーノが考え込んだ後、変装していた衣服の中からカードを取り出した。そして、鉄扉横のスキャナーに当てると、ガチャリと内側の鍵が解除された音が聞こえた。
チーノはメガネを掛け直し、そっぽを向く。憎たらしい口調で言ってはいるが、内心は頼られて嬉しい様子が小っ恥ずかしくて、それを誤魔化しているようにも見えた。
チーム一番の後輩であり
チーム一番の頑張り屋。
それがこの男だった。
先輩の期待に応えるならば、苦手なゲームも、慣れない企画も、怖い事も
何でも全力でやってのける人物だったと
改めて実感した。
そして、重たい鉄扉がゆっくりと開かれる。
その部屋は体育館程もある広さでありながら、真っ白で何もない空間だった。
ただ、広い部屋の中心に、椅子に座った誰かがいる。
椅子に座ってるその人物は、片方が空色の目をしている。ゾム達がよく知る人物だった。
ゾムとチーノはすぐにコネシマの元に駆け寄った。
見たところ、コネシマに目立った外傷はなく、数日前に見たコネシマの肌状態と比べても大きな変化はなかった。
だがここで、コネシマを連れて行くのに苦戦しそうな問題が見つかる。
コネシマの頭には、無数の管が刺されており、明らかに医療的技術が組み込まれていた。おまけに手錠と足枷も付いているので、まずこれをどうにかしない事には救出は難しそうだ。
2人がコネシマの前で話し合いをしていると、頭上からアナウンスが入る。
『緊急事態発生!緊急事態発生!』
『館内に侵入者を発見。職員達は直ちに避難して下さい!』
ゾムがコネシマの頭に手を触れようとしたその時、ふとチーノがポツリと言葉をこぼす。
「違和感」がゆっくりと近づいてくる。
しばらくすると、ゾムとチーノ、シャオロンがいる広い部屋。その奥の壁が開き、異様な呻き声が聞こえてきた。
ーーー..。
『これに従い、被験体001を解放します。』
ゾムはゆっくりと声のする方へ顔を向ける。
<被験体001>
それは“奴”と同じく、ゾンビの人間。
ただ異なるのは、今まで見てきた“奴ら”に比べてはるかに堅いがよく、右腕が異様なまでに膨張している事。
ゾムの前に現れたその姿は、忘れもしない。
初めはエーミールを
次にオスマンを
大切な仲間を攫った、あの化物だった。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!