───合宿、3日目の夕方。
監督に頭を下げながら、額を流れる汗。
やっと3日間にも及ぶ、地獄の練習が終わった。
***
荷積みを終え、俺たちがバスに乗り込んだ時には、既に満席近くまで埋まっていた。
というのも、行きは別のバスだったチア部が、なぜか帰りは同じバスで帰るらしい。
"幼なじみ"……か。
確かにそうだけど、なぜか素直に頷けない。
幼なじみって、何なんだろう。
友達じゃない。かと言って姉弟とも違う、だけど……恋愛対象かと言われりゃ、それもまた人によるんだろう。
一体、世界中でどれだけの"幼なじみの片割れ"が片想いをしているんだろう。
ボソッと呟いた言葉が聞こえていなかったことにどこか安堵しながら、窓の外へと視線を向けた時───。
遅れてバスに乗り込んだらしい聞き覚えのある声に、バスの入口へと視線を向ける。
やっぱ、谷原だ……。
バスを見渡して、諦めたように補助席を出そうとする谷原に、気づけば隣のチームメイトに耳打ちしていた俺。
"レディファースト"なんて言葉を使って、チームメイトの良心に漬け込んだのは最悪だけど、正直、谷原のことは放っておけなかった。
申し訳なさそうな顔をしたあと、すぐに嬉しそうな笑顔を見せた谷原。
その顔を見て、ホッとした。
遠慮がちに通路側にちょこんと座った谷原が、俺を見上げて笑ったと同時に、バスは大きく揺れながら出発した。
***
───10分後。
バスが出発してすぐ隣でウトウトし始めた谷原が、しばらくしてすっかり寝入ってしまったのは知っていたけれど。
カーブでかかる遠心力に負けて、俺の肩に寄りかかるような体勢になった谷原に、心臓がドクンッと跳ねた。
だけど、谷原の寝顔を見た瞬間、スッと体から力が抜けていくような気がした。
……なぜだろう。
谷原には、人を笑顔にする力がある。
少し前に、谷原に八つ当たりして傷付けてしまった自分が許せないくらい……今じゃもう、谷原の笑顔が俺の中でも当たり前になっている。
***
───バスが学校に着いて、ザワザワとみんながバスを降りていく中。
相変わらず俺の肩にもたれて眠る谷原。
起こすべきだと分かりつつも、中々起こせない。
バスの後部から歩いてきた凛乃が、俺の肩で眠る谷原を見つけて驚いたように声を上げた。
突然の凛乃に驚きつつも、好きな人に見られたってのにそれほど動揺していない冷静な自分に驚く。
俺の肩にもたれていると自覚した途端、慌てて俺と距離を取る谷原の顔は真っ赤で。
そんな谷原を見てると、なんだか急にこっちまで恥ずかしくなって来る。
多分……俺の顔も、真っ赤だろうな。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!