第5話

#.眩暈の旋律
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2026/06/09 14:46 更新
自覚してしまった感情は、一度溢れ出せば止まることを知らない。

翌日の練習中、冬弥がピアノの前に座り、さらりと新しいフレーズを口ずさむ。

その一音が、その旋律が、あまりにも完璧で、あまりにも「音楽」に愛されていて、俺の胸に鋭い棘を刺す。

……お前はいいよな。そんな風に、呼吸をするように正解を叩き出せて。

俺が何百回、何千回と歌ってようやく掴める感覚を、お前は最初から持っている。
冬弥
冬弥
彰人、ここのハモりだが……俺がもう少し抑えた方が、彰人の声が活きると思うんだが、どうだろうか。
純粋。どこまでも純粋な提案。

それが一番、俺のプライドを切り刻む。

あいつは善意で、俺たちの「質」を上げるために言っている。それが分かっているからこそ、言い返せない言葉が喉元で熱い塊になる。

いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。

お前のその「気遣い」さえ、俺にとっては才能の差を見せつけられる屈辱でしかないんだ。
彰人
彰人
……勝手にしろよ。お前の好きに歌えばいいだろ。
突き放すような声が出た。

その時、スタジオの隅で同じように練習していた杏が、弾かれたように顔を上げた。







杏もまた、隣で驚異的なスピードで「自分」を超えていく、こはねの背中を、射抜くような目で見つめていた。

いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。

私があれほど焦がれた「伝説」に、君は苦労もせず、天真爛漫なまま手を伸ばす。

私の努力は?私の覚悟は?君のその眩しすぎる「純粋さ」の前に、私のプライドは無惨に砕け散る。
杏
……彰人、あんたもなの?
杏の震える声が、狭い室内に響いた。

その瞳には、俺と同じ「相棒」を愛し、同時に殺したいほど憎んでいる者のドロドロとした色が宿っていた。重なり合う歌声。

本来なら、最高に気持ちいいはずの瞬間。なのに、今の俺たちには、あいつらの声が自分たちの存在を消し去っていくノイズにしか聞こえなかった。
もう─‬─‬限界だった。
彰人
彰人
……悪い。今日はもう上がるわ。
俺達は逃げるようにスタジオを飛び出した。

後ろから俺を呼ぶ冬弥の声と、こはねの困惑した視線を振り払う。あいつらは何も悪くない。悪いのは全部、あいつらを恨むようになった俺たちの方だ。分かっているのに、止まらない。
彰人
彰人
『 もう、相棒なんて顔で、俺の隣に立つな。 』
杏
『もう、相棒なんて顔で、私の隣に立たないで。』
夜の街に溶けていく二人の影が、冬弥とこはねの光に焼かれて、どんどん黒く濃くなっていくのが分かった。

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