自覚してしまった感情は、一度溢れ出せば止まることを知らない。
翌日の練習中、冬弥がピアノの前に座り、さらりと新しいフレーズを口ずさむ。
その一音が、その旋律が、あまりにも完璧で、あまりにも「音楽」に愛されていて、俺の胸に鋭い棘を刺す。
……お前はいいよな。そんな風に、呼吸をするように正解を叩き出せて。
俺が何百回、何千回と歌ってようやく掴める感覚を、お前は最初から持っている。
純粋。どこまでも純粋な提案。
それが一番、俺のプライドを切り刻む。
あいつは善意で、俺たちの「質」を上げるために言っている。それが分かっているからこそ、言い返せない言葉が喉元で熱い塊になる。
いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
お前のその「気遣い」さえ、俺にとっては才能の差を見せつけられる屈辱でしかないんだ。
突き放すような声が出た。
その時、スタジオの隅で同じように練習していた杏が、弾かれたように顔を上げた。
杏もまた、隣で驚異的なスピードで「自分」を超えていく、こはねの背中を、射抜くような目で見つめていた。
いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。
私があれほど焦がれた「伝説」に、君は苦労もせず、天真爛漫なまま手を伸ばす。
私の努力は?私の覚悟は?君のその眩しすぎる「純粋さ」の前に、私のプライドは無惨に砕け散る。
杏の震える声が、狭い室内に響いた。
その瞳には、俺と同じ「相棒」を愛し、同時に殺したいほど憎んでいる者のドロドロとした色が宿っていた。重なり合う歌声。
本来なら、最高に気持ちいいはずの瞬間。なのに、今の俺たちには、あいつらの声が自分たちの存在を消し去っていくノイズにしか聞こえなかった。
もう──限界だった。
俺達は逃げるようにスタジオを飛び出した。
後ろから俺を呼ぶ冬弥の声と、こはねの困惑した視線を振り払う。あいつらは何も悪くない。悪いのは全部、あいつらを恨むようになった俺たちの方だ。分かっているのに、止まらない。
夜の街に溶けていく二人の影が、冬弥とこはねの光に焼かれて、どんどん黒く濃くなっていくのが分かった。















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。