腹に開いたはずの穴が、じわじわと熱を帯びていく。
細胞が再生する音すら聞こえる気がした。
息が戻る。
視界が色を取り戻す。
世界が、再び音を持つ。
全身に火が灯ったような感覚が走る。
熱い。燃える。
だけど苦しくない。むしろ、心が研ぎ澄まされていく。
拳を握る。
先ほどまで虚ろだった指先に、力が宿る。
炎が噴き出した。
真っ赤ではない。
夜空の月のように黒く、影のように揺らぎながら燃える炎。
足を踏み出すたび、炎が地面を焦がす。
もう逃げない。
もう無力じゃない。
運命は、ようやく牙を剥いた。
振り返ると、風音はまだその場に崩れ、震えながら動けずにいた。
涙で濡れた瞳が、助けを求めるようにこちらを見ている。
言葉にした瞬間、身体の奥深くで炎が蠢く。
怒りか、恐怖か、それとも守りたいという願いか。
胸の奥で燃え続けていたものが、形になろうとしていた。
一番弱かった頃の自分が、最後まで手放さなかった願い。
漫画みたいで、幼稚で、笑われると思っていた戦い方。
だが今は違う。
これは妄想じゃない。
俺の力だ。
俺は拳を握りしめ、地面へと叩きつけた。
その瞬間、地面に走った亀裂から炎が噴き出す。
刃の形をした炎が音を引き裂き、一直線に仮面の男へ走った。
逃げる間もなく、炎の刃が襲いかかる。
轟音。
爆炎。
風が巻き上がり、空気が震える。
男の身体は炎に切り裂かれるように燃え上がり、輪郭が熱で崩れていく。
雷の火花が最後に散り、そして、
煙と灰だけを残して、完全に消滅した。
静寂が戻る。
風だけが、焼け焦げた地面を撫でた。
俺はゆっくりと息を吐き、風音の方へ歩いた。
炎はまだ俺の拳に灯り続けている。
だが今のそれは、破壊の熱ではなく、
守る力のように温かかった。
俺は荒い息を整えながら、まだ熱を帯びた拳を見つめていた。
燃え上がる炎は次第に小さくなり、最後にはふっと消える。
信じられない。
けれど、確かに自分が放った炎だった。
胸の奥で、何かが静かに灯っている。
振り返ると、風音が涙を浮かべながら立っていた。
震えた声が、俺の耳に届く。
涙は恐怖からではなく、安堵と感謝の色をしていた。
その瞬間、俺の中で何かが決定的に変わった。
守りたいと思った。
恐怖じゃなく、義務でもなく、心から。
風音は震える足で一歩、また一歩と近づいてきた。
夕日が差し込む中、頬を伝う涙が光る。
声は震え、涙で途切れながら必死に言葉を繋いでいた。
それしか言えなかった。
でもその言葉には、命を拾った実感と安堵が滲んでいた。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!