第30話

26 - Cルート
276
2025/09/07 10:29 更新
 
 26 - 私たちだけの世界
 
 紙の質感。
 墨のにじみ。

 そして、聞こえてくる筆先の音だけが、
 この部屋の時を進めていた。
 
 日記は今も続いている。

 けれど、もう私の手元には
 “あの頃の私”が書いたページは存在しない。

 焼かれたわけではない。
 ただ──“消えた”。

 まるで最初から存在しなかったように。
 
時透 無一郎
……今日は、何を書いたの?
 
 無一郎が私の隣に腰を下ろす。
 白い肌に、少しだけ寝ぐせのついた髪。

 その瞳は変わらず透明で、
 恐ろしいほどまっすぐに私を見つめていた。
 
あなた
秘密だよ
 
 私は静かにそう返す。
 
時透 無一郎
そっか。でも、
君の秘密は……すぐに分かるから
 
 彼はくすりと笑って、私の髪を梳く。

 あの頃、怯えたその仕草はもう怖くない。

 私の中で“怖い”という感情は、
 どこか遠くに置き去りにされたのだ。
 
 ──感情の輪郭は、薄れていく。
 でも、不思議と、苦しくはなかった。

 この部屋の温度はいつも穏やかで、
 空気も澄んでいて、無一郎は、
 私にだけ優しくて、私のことだけを見てくれる。
 
時透 無一郎
僕たちは、世界の外側にいるんだよ
 
 無一郎が囁く。
 
時透 無一郎
誰にも邪魔されない。
ここは、君と僕だけの場所
 
 私は頷く。
 それが“正しい”ことのように感じられるから。

 窓の外に風が吹いている。
 季節が変わったことを、音だけが告げている。
 
 日記の最終ページを、私はそっと開いた。

 筆を取る。
 手が勝手に動き出す。
 
 ──『これは、私たちだけの世界』

 それを書き終えたとき、
 無一郎が微笑みながら言った。
 
時透 無一郎
……綺麗な字。やっぱり、
君の日記が一番好きだよ
 
 私は彼の肩に寄りかかった。
 言葉もなく、ただそこにいる。
 
 扉は閉ざされたまま。

 けれどもう、そのことに涙を
 流す気持ちすら、どこかへ消えていた。
 
 そして静かに、また新しい一ページが始まる。
 
 ──終わり、そして始まり。
 この小さな部屋の中で。
 

















帝
交換宣伝です
 
 
帝
ぜひ♩
 

プリ小説オーディオドラマ