夜の街を、タクシーが静かに走っていた。
志歩は紫耀にもたれるように座っている。
窓の外の光が流れていく。
紫耀「……だるくない?」
あなたの下の名前「大丈夫」
少し遅れて返ってくる声。
いつもより明らかに弱い。
紫耀はちらっと横を見る。
目を閉じているあなたの下の名前。
頑張って起きているのが分かる。
紫耀「寝ていいよ」
あなたの下の名前「……寝たら家着いたとき起きれない」
紫耀「起こすから」
あなたの下の名前「……ん」
小さく返事をしたあと、数秒で呼吸が深くなった。
眠った。
紫耀は思わず息を止める。
(こんな無防備な顔、初めて見た)
仕事中はいつも完璧で、
隙なんて一つも見せないのに。
今はただ——疲れ切っている。
拳を軽く握る。
(どんだけ無理してたんだよ)
⸻
マンション前。
紫耀「あなたの下の名前、着いたよ」
肩を軽く揺らす。
あなたの下の名前「……ん……」
目を開けようとして、うまく開かない。
立ち上がった瞬間。
ふらっ。
紫耀「危な」
咄嗟に肩を支える。
体が軽い。
軽すぎて、逆に怖くなる。
紫耀「鍵どこ?」
あなたの下の名前「……バッグ」
ほとんど囁き声。
鍵を探し、部屋のドアを開ける。
⸻
部屋に入った瞬間。
あなたの下の名前の力が抜けた。
紫耀「おい、あなたの下の名前??」
ソファに座らせるつもりが、
そのままぐったりともたれかかってくる。
額に触れる。
——熱い。
紫耀「……マジかよ」
急いで靴を脱がせ、水を探す。
キッチンを開けると、
ほとんど使われていない冷蔵庫。
飲み物と食べ物が少しだけ。
(ちゃんと食ってねぇな、これ)
水を持って戻る。
紫耀「あなたの下の名前、ちょっと起きて」
あなたの下の名前「……やだ……」
弱々しい拒否。
思わず笑いそうになる。
紫耀「子どもか」
肩を支えてゆっくり起こす。
コップを口元へ。
あなたの下の名前は素直に少しだけ飲んだ。
その仕草が、いつもと違いすぎて。
紫耀の胸が締め付けられる。
⸻
あなたの下の名前「……ごめん」
突然つぶやく。
紫耀「何が」
あなたの下の名前「迷惑……」
紫耀「迷惑じゃねぇ」
即答だった。
あなたの下の名前「仕事……残ってるのに」
紫耀「今は気遣い禁止」
あなたの下の名前「……編集長に怒られる」
紫耀「ちゃんと言ったから大丈夫だって」
あなたの下の名前の顔が歪む。
次の瞬間、目が潤んだ。
あなたの下の名前「……ちょっと、しんどいかも」
初めて聞いた弱音だった。
紫耀は言葉を失う。
ずっと「大丈夫」しか言わなかった人が、
やっとこぼした本音。
紫耀「……うん」
静かに頷く。
紫耀「だから今日くらい頼れ」
そっと頭を支える。
あなたの下の名前は抵抗しなかった。
⸻
ベッドまで連れていき、横にならせる。
布団をかけると、
あなたの下の名前が紫耀の袖を軽く掴んだ。
紫耀「……ん?」
あなたの下の名前「……帰るの?」
眠そうな目。
いつもの強さがどこにもない。
紫耀は一瞬黙る。
そして。
紫耀「帰らない」
自然に答えていた。
あなたの下の名前「……そっか」
安心したように目を閉じる。
手は離れないまま。
数分後。
寝息が聞こえ始めた。
紫耀はベッドの横に座りながら、小さく息を吐く。
(俺、何やってんだろ)
でも——
離れる気がしない。
弱った姿を見た瞬間、
守りたいって気持ちがはっきりした。
仕事仲間でも、
同期でもなく。
もっと別の感情。
紫耀は眠るあなたの下の名前の前髪をそっと避けた。
紫耀「……無理すんなよ」
小さく呟く。
その夜。
紫耀は部屋の明かりを落とし、
静かに隣で朝を待った。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!