宵桜先生の話を聞き終わり、俺は何一つ言葉を発することができなかった。
宵桜先生が備え付けのテーブルを撫でる。
隅っこに名札シールが貼られているのが見えた。
『宵桜蘭 様』
宵桜先生はゆっくりと言葉を紡ぐ。
宵桜先生は深く息を吐いた。
宵桜先生は自分の左手で左目を覆う髪をかき上げる。
その拍子に、彼の指先に光るリングと前髪で隠れていた左目の上の切り傷が見えた。
思えば気にはなっていた。
宵桜先生普段からジャラジャラとリングをつけているが、左手の人差し指に通した一際光る、アメジストのはめ込まれたリングだけは毎日そこにあった。
前髪も左目の方はかかっている量が多く、見えずらそう、だなんて思っていた。
ずっと引っ掛かっていた疑問の答えは、俺の想像を超えた悲劇だった。
部屋の隅に立てかけられた写真立てに、俺は目を向ける。
部屋の主__宵桜蘭が笑っている。
その隣に立つ男性は、間違えようもない。
今よりも若い宵桜要誠が、面倒くさそうに、でもどこか柔らかい表情でピースを向けていた。
「さて」、と宵桜先生は俺に向き直った。
俺は首を横に振った。
この場所が宵桜先生にとって特別だというのは嫌というほど理解できる。
だが、なぜ俺に見せたのか。
宵桜先生は窓の桟に腰掛けた。
宵桜先生の声は落ち着いていた。
だがなぜか、俺は自分が崖っぷちに立って今にも落ちるかのような恐怖を感じていた。
宵桜先生の三白眼が、俺を射抜く。
不必要な治療はむしろ有害なことがある。
ステロイドは自己免疫疾患に対する切り札であると同時に、使い方を間違えれば毒になる。
骨粗鬆症、糖尿病、免疫抑制……いくつもの副作用が生じていたことだろう。
俺はあと少しで、栖智にそれを強いるところだった。
宵桜先生は鼻を鳴らし、
鋭く吐き捨てた。
反論できなかった。
圧迫感で息が詰まる。
目を伏せ、必死に呼吸を繰り返した。
思えば、宵桜先生は「なぜ緑野栖智の治療を行わないのか」という俺の疑問に、一度としてはっきりとは答えてくれなかった。
以前はあまりにもそっけない態度に業を煮やしもしたが、今になって考えてみると、宵桜先生はあえてそうしたのかもしれない。
俺が決定的な間違いを犯し、それを指摘する。
そうしてこそ、俺は自分の過ちを心底から実感できる。
俺は背筋が冷たくなった。
もし、そうだとしたら。
俺は徹頭徹尾、宵桜先生の掌の上だったことになる。
目の前の男が、途方もない怪物に見えた。
思い出したように宵桜先生が尋ねる。
これまで何度も訊かれた質問。
最初は上っ面の答えを、そして次は返事に詰まった問い。
その答えが今、不思議と口をついて出た。
俺は唾を飲んだ。
そうだ。
自分の責任に対する認知。
他者の生命を左右してしまう立場にあることを、骨の髄から実感していること。
もう少しで俺は栖智に取り返しのつかないことをするところだった。
己の過ちと傲慢を、腹の底から痛感させる。
それが、宵桜先生の講義だった。
宵桜先生は目を細めた。
鼻を鳴らし、面白くもなさそうに吐き捨てる。
指輪と宝石の意味書きたかったんですけど入り切りませんでした!
すみません💦
気になる人は調べてみてください!











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。