二人はそれ以上、何も言わなかった。
会話は穏やかで、
ときどき笑い声もあった。
まるで、さっきのやりとりなど存在しなかったかのように。
私は距離を保ったまま、
ただ店員として動く。
彼は会計を済ませるとき、
一瞬だけこちらを見た。
何も言わない。
何も残さない。
そして、ドアベルが鳴る。
二人は並んで、夜の街へ消えていった。
――それで終わるはずだった。
閉店作業を終え、エプロンを外す。
外はすっかり夜。
春の風は、まだ少し冷たい。
カフェの扉を押し開ける。
そして、足が止まる。
街灯の下。
彼が立っていた。
ひとりで。
スーツの上着を脱いで、腕にかけている。
あの夜と同じ目。
でも、今は逃げ場がない。
私の声は、思ったより静かだった。
彼はすぐに答えない。
数歩、距離を詰める。
近すぎない。
でも、遠くもない。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!