昼休みの終わり。
教室にはまだ、ざわめきが残っていた。
あなたは、自分の席で静かに手を握りしめていた。
(……言う)
決めたはずなのに、心臓が落ち着かない。
ふと、教室の扉の方を見る。
そこに、黒尾がいた。
誰かと話している横顔。
少し笑っていて、いつも通りで。
(……あの中に、入っていく)
喉が、少しだけ乾く。
立ち上がる。
一歩。
もう一歩。
「……鉄くん」
声をかけると、黒尾が振り向いた。
「お、あなた。どした?」
軽い調子。
けれど、その目はちゃんとこちらを見ている。
「ちょっと、いい?」
「おう」
周りの会話が少し遠くなる。
二人で、廊下に出る。
窓から入る光が、やけに明るい。
少しだけ沈黙。
「……昨日のことなんだけど」
「おう」
黒尾は、急かさずに待つ。
その余裕に、少しだけ救われる。
「マネージャーの話」
言葉にすると、少しだけ現実味が増す。
「……やる」
短く、はっきりと。
一瞬。
黒尾の表情が止まる。
「……まじで?」
思わず、少しだけ前に出る。
「うん」
頷く。
「ちゃんとできるか、わかんないけど」
少しだけ視線を揺らしながら、
「でも、やりたい」
まっすぐ、そう言う。
黒尾は数秒、何も言わなかった。
それから。
「……っしゃ」
小さく、でも確かに声を漏らす。
「ありがとな」
いつもより少しだけ低い声。
その一言に、胸がじんわりと温かくなる。
「こっちこそ」
少しだけ笑う。
「よろしくお願いします」
「おう、任せとけ」
軽く言いながらも、その顔はどこか嬉しそうで。
「今日、部活来れるか?」
「……うん」
「じゃあ放課後、体育館な」
「わかった」
会話が終わる。
けれど、どちらもすぐには動かなかった。
少しだけ、間が残る。
「……じゃ、あとでな」
「うん」
黒尾が先に背を向ける。
その背中を見ながら、
あなたは小さく息を吐いた。
(……言えた)
それだけで、少しだけ世界が軽くなる。
放課後。
体育館の扉の前。
あなたは、少しだけ立ち止まっていた。
中から、ボールの音が聞こえる。
声が飛び交う。
(……ここに入る)
手が、少しだけ強くなる。
「あなた」
後ろから声がして、振り返る。
鉄くんがいた。
「来たか」
自然な笑顔。
「……うん」
「大丈夫。そんな固くならなくていいって」
軽く言われて、少しだけ肩の力が抜ける。
「行くぞ」
扉を開ける。
体育館の空気が、一気に流れ込んでくる。
「おーい、黒尾ー!」
「なんだよ」
「遅ぇ——」
声が止まる。
視線が、あなたに向く。
「……誰?」
その一言に、空気が少しだけ変わる。
黒尾は、軽く肩をすくめた。
「マネージャー」
一瞬の間。
「は!?」
声が上がる。
「まじで!?」
「ほんとかよ!」
一気にざわつく体育館。
「ちょ、うるせぇな」
黒尾が軽く制しながら、
「今日から来てくれることになった」
そう言った。
視線が一斉に集まる。
あなたは少しだけ緊張しながら、
「埴谷あなたです」
小さく頭を下げる。
「よろしくお願いします」
一瞬の静寂。
そして。
「よろしくー!」
「助かる!」
「黒尾ナイス!」
一気に空気が和らぐ。
その中で、
あなたはほんの少しだけ息を吐いた。
(……大丈夫そう)
そう思えた瞬間。
「こっち」
黒尾が軽く手を振る。
「最初は適当でいいから、見てればいい」
「……うん」
頷いて、その隣に立つ。
ボールの音。
走る足音。
声。
全部が、少しだけ眩しい。
「無理すんなよ」
ふと、鉄くんが小さく言う。
「……うん」
その一言が、やけに優しくて。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
その様子を。
少し離れた場所で、研磨は見ていた。
(……やるんだ)
静かに、そう思う。
視線を少しだけ細める。
(……大丈夫、かな)
言葉にはしない。
ただ、見ているだけ。
それでも。
その視線は、確かに“気づいている側”のものだった。
体育館に、夕方の光が差し込む。
新しい居場所が、静かに形になっていく。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。