「話さない?玲くん。」
玲はしばらく黙っていた。
目だけが、ゆっくり瞬いた。
「……なんで。」
その声は弱くて、諦めに沈んでいて、でもどこか甘えるような響きがあった。
私はゆっくり息を吸って、答える。
「…なんとなく。ほっとけなかっただけ。」
「ほっとけない?」
玲は鼻で笑った。
その笑い方は、痛々しいほどひねくれていて。
自分を守るための武器みたいだった。
「俺のことなんか、どうでもいいだろ。」
「どうでもよくないよ。」
その瞬間、玲の肩がビクッと揺れた。
“どうでもよくない”という言葉が、予想外だったらしい。
彼はゆっくり顔をそむけた。
「優しくするなよ。期待するだろ。」
囁き声のようなその言葉が、胸に刺さる。
(この子…本当にずっと誰にも愛されたことがないんだ。)
私は玲の横に立ち、少しだけ距離をあけて座り込んだ。
「好きだったんだよね。紫苑のこと。」
玲は黙った。
でも、答えが“はい”だってことは表情で十分わかった。
「紫苑は悪くないよ。」
「…わかってる。」
「玲くんも悪くない。」
「……は?」
玲が私を見る。
驚きと困惑が入り混じった顔で。
「好きなだけじゃ、どうにもならないことだってある。紫苑にも…好きな人がいるから。」
玲は唇を噛む。
「……知ってるよ。橘だろ?優しいよな。あいつ。」
そう言う声はひどく震えていた。
「俺、ずっと……誰かに必要とされてみたかっただけなんだ。」
目の奥に渦巻いていた闇が、ひとつ涙として落ちた。
その涙を見た瞬間、私は思った。
(未来では、この孤独が爆発して、母を傷つけてしまったんだ…)
「玲くんは…変われるよ。」
「変わる?俺が?今さら?」
「うん。だって、話している今の玲くんは…誰も傷つけようとしてない。」
玲がゆっくり私を見る。
その目は、ほんの少しだけ色が戻りかけていた。
「…空見って、不思議なやつ。」
「よく言われる。」
「普通言われねぇだろ。」
ふ、と玲が微笑む。
今まで見たことがないような微笑みだった。
私は確信した。
(この子は変われる。未来は変えられる。)
そう、思った。
このときは、まだ────
「私自身」が変わってしまうことに、まったく気づいていなかった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!