「おっ髙地!」
呼ばれて顔を上げると、ジェシーは手を振っていた。
いつも通りの声。いつも通りの笑顔。
何も変わっていないーーそう見えた。
「何ぼーっとしてんの?」
「別に」
反射的にそう返して横に並ぶ。
肩が触れる距離。
それだけで安心してしまう自分が、少し悔しかった。
ジェシーは楽しそうに話していた。
仕事の事、昨日見た動画の事、どうでもいい冗談。
そのどれもが、昨日までと同じはずなのに。
(…同じ、じゃないんだよな。)
髙地は横顔を盗み見る。
笑うたびに揺れる表情の奥に、自分の知らない時間がある。
誰かと過ごした夜。
誰かに向けた声。
「髙地」
不意に名前が呼ばれて、心臓が跳ねる。
「なに?」
「なんか今日静かじゃね?」
見透かすような目。
いや、ただの無邪気な疑問。
それでも、胸の奥を触られた気がして息が詰まる。
「そんなことないよ」
嘘だった。
正確には全部を言わないないという選択だった。
ジェシーは首をかしげて、それ以上踏みこんでこなかった。
その優しさがありがたくて、苦しい。
沈黙が落ちる。
でも、気まずさは無い。
ただ、言葉にならないものが、2人の隙間を満たしている。
「…なあ」
ジェシーが前を向いたまま、ポツリとつぶやいた。
「俺さぁ、髙地が隣にいないと変な感じするんだよな」
一瞬、世界が止まった。
「は?」
「いや、なんつーの安心するっていうかさ」
軽い調子。
いつものジェシー。
でも、その言葉は、髙地の中に深く静かに潜っていった。
(それ以上言わないでくれ)
期待してしまう。
勘違いしてしまう。
それでも…
「俺も…」
気づいたらそう答えていた。
ジェシーが笑う。
「だろ?」
その一言で全てが元に戻ったような気がした。
でも本当は何も戻っていない。
変わらないふりをして、
変わってしまった距離を、2人ともちゃんと感じている。
それでも今日も隣に立つ。
手を伸ばせば届く距離で、触れないまま。
名前をつけてしまったら、きっと、今の形は壊れてしまうから。
だから、まだーー
この感情は胸の奥にしまったままで良い。
少なくとも、
ジェシーが笑ってくれる間は。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!