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第6話

一度きりの夜
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2026/01/07 06:40 更新
その日は、珍しく仕事が早く終わった。
楽屋を出るとき、
ジェシーは無意識に高地を探していて、そのことに気づいて、苦笑する。

(まだ、期待してんのかよ)

外は雨だった。
小降りで、音だけがやけに静かな夜。

「傘、忘れた」

ぽつりと聞こえた声に振り向くと、そこに高地が立っていた。

「入る?」

ジェシーが差し出すと、一瞬だけ迷ってから、頷く。
相合傘。
昔なら、何も思わなかった距離。
今は、肩が触れるたびに、
過去が擦れて痛む。

無言で歩く。
駅とは逆方向。

「送らなくていいよ」

「でも、濡れるだろ」

それも、前なら自然だった言葉。
高地は何も返さなかった。

ただ、
歩調を合わせる。
沈黙が限界に近づいたとき、
ジェシーのほうが、先に折れた。

「......最近さ」

声が、少し震えた。

「俺、後悔してる」

高地が足を止める。

「なにを?」

低い声。
責めるでも、期待するでもない。

それが、いちばん怖かった。

「いっぱい」

正直すぎて、自分でも笑えた。
「ちゃんと話さなかったことも、気づいてたくせに黙ってたことも」

雨音が強くなる。

「今さらだけどさ......
失ってから分かった」

ここでやめるべきだった。
分かってた。

でも、止まれなかった。

「俺、高地のことーー」

「言わなくていい」

遮られた。
ゆっくりと、でもはっきり。

「それ以上は、聞きたくない」

胸が、ぎゅっと潰れる。

「.....ごめん」

絞り出すように言うと、高地は小さく息を吐いた。

「責めてないよ」

顔を上げた髙地は
驚くほど穏やかだった。

「たださ、それを聞いたら、俺がまた期待しちゃうから」

その一言で、全部、理解した。

期待して、待って、
それでも選ばれなかった時間。

「一回でいいから、ちゃんと終わらせたかった」

高地は、そう言って笑った。

「俺は好きだったよ」

心臓が、止まる。
過去形。
はっきりとした区切り。

「今はもう、
どうしていいか分かんないけど」

一歩、後ろに下がる。

「でも、これ以上近づいたら、たぶん俺、壊れるから」

ジェシーは、何も言えなかった。
引き止める資格も、選び直す覚悟も、
もうない。

「.....ありがとう」

それが、精一杯だった。

「うん」

短く答えて、高地は背を向ける。

雨の中、
一度も振り返らずに。
傘の下に一人残されて、ジェシーはその場に立ち尽くす。
告白じゃない。
やり直しもない。
ただ、終わらせるためだけの本音。


それでも、
一生分の重さがあった。


「.....遅すぎたな」


そう呟いた声は、雨に全部、溶けていった。




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