丈一郎を無事に自宅まで送り、初めて大吾と恭平に紹介した夜。
任務を終え、少し肌寒いビルの屋上で、ふたりきりになった和也と大吾。
缶コーヒーを手にした大吾が、夜景の向こうを見つめながら口を開く。
和也も隣に立ち、缶を開ける。
少し笑いを含んだ声。
けれど、視線はまだ夜景のまま。
その軽口の奥にある、“本気の確認”に和也は気づいていた。
大吾の言葉に、和也は小さく笑う。
少し誇らしげに笑う大吾。
大吾の視線がようやく和也に向いた。
和也は黙って、大吾の目を見る。
その中には、任務以上の“友情と信頼”があった。
大吾は軽く缶コーヒーを和也の肩にぶつける。
ふたりの笑い声が、ビルの夜風に混ざって静かに響いた。
任務報告を終えて少し遅れて屋上に向かった恭平。
いつもならふたりがどこにいようと気にせず顔を出すのに、今日はなんとなく、足が止まった。
聞こえてきたのは、和也と大吾の声。
それは思った以上に、近くて、深くて、…優しかった。
恭平は思わず足音を潜めて、その場に立ち尽くした。
“心を持ってかれる”──
それは今の和也にとって、丈一郎のことを指しているのだろうと察してしまったから。
心の奥が、じくりと痛んだ。
わかってた。
任務のフリして、いつかこうなる気がしてた。
でも──
それでも和也に憧れて、追いかけて、隣にいられるように努力して。
「スパイ」としての誇りだけじゃない。
そこには、男としての気持ちが確かにあった。
ギリ、と唇を噛んだとき。
屋上の風が吹いて、ふたりの笑い声が耳に届く。
和也と丈一郎、和也と大吾…そこの絆に、入り込む隙間なんて、最初から無かったのかもしれない。
けど──
屋上のドアの陰に身を寄せながら、恭平はそっと目を伏せた。
その胸にある気持ちを抱えたまま、誰にも見つからないように屋上を後にする。
ビルの屋上から静かに離れた恭平は、ひとり非常階段の踊り場に腰掛けていた。
手すりにもたれ、深くフードをかぶって──目を閉じて、ただ夜風に当たっている。
「……なぁ、恭平」
不意に聞こえた声に、ビクリと肩が揺れた。
振り返ると、そこにいたのは──大吾。
大吾はため息まじりに微笑んで、恭平の隣に腰を下ろす。
恭平は何も言わず、手すりに視線を向けたまま。
かすれるような声。
そこに、少しだけ自分自身への悔しさが滲んでいた。
大吾はふっと笑い、缶コーヒーをポケットから取り出して、トン、と恭平に渡した
大吾の言葉は冷静だったけど、同時に優しさがあった。
恭平はびくりと目を見開く。
恭平の目にじんわりと滲むものがあって、フードの影に隠すように俯いた。
大吾の手が、ぽんと恭平の肩を叩く。
その言葉が、どれだけ救いだったか──
その夜、恭平はずっと胸の奥で大吾の言葉を噛み締めていた。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!