『地上の子の最大の幸福は満腹なれ。衣食足りて宿題忘るる』
__一年は組、福富しんべヱ。
『進退は疑うなかれ。敵を見て謀るなかれ。迷わず行けよ行けば判る』
__三年は組、神崎左門。
『選ばれし者の恍惚と不満ふたつ我有り。天才を天才たらしめるのは私の本能』
__四年い組、平滝夜叉丸。
『お前の実力はこの程度ということなのだろうか』
__五年ろ組、不破雷蔵。
『比翼の鳥。連理の枝。一膳の箸。把手共行。碎啄同時』
__五年ろ組、鉢屋三郎。
『ちちんぷいぷい、いたいのいたいのむこうのおやまへとんでゆけ』
__六年は組、善法寺伊作。
喜三太救出の為に手を貸してほしい。そう学園長先生に言われ、集合場所に向かうと、門前で既に集まっていたらしい喜三太救出チームの姿が見えた。
きり丸「……できっかなぁ、」
癖の強すぎるメンバーを見て、気が重くなった俺は気付けば、そう言葉を漏らしていたのだった。
きり丸「……伊作先輩、急に呼ばれた俺は何をすればいいんですか?」
善法寺伊作「あれ、きり丸はちゃんと宿題をやってたんだね?」
きり丸「まぁ……終わったのはギリギリっすけどね」
なんて他愛のない会話を交わしながら、伊作先輩に指示を仰げば、喜三太救出の為、しんベヱと物売りとして喜三太の目撃情報等を集めて欲しいとの事だった。
きり丸(それなら女装の方が手っ取り早いな)
俺は早々に即断即決し、物を売るために食堂のおばちゃんが予め作ってくれていた団子を籠に入れ、女装セットを肩にかけて準備をした。
乱太郎「きり丸、しんベヱ。頼んだよ」
きり丸「おう、じゃあ乱太郎。『いってくる』」
乱太郎「………!」
門前で未だに不安そうに見送る乱太郎に大丈夫だと伝えてから俺は先陣を切って前に進んでいる先輩達の後に続いて忍術学園の門を出たのがつい半刻前の出来事だ。
きり丸「ったく、しんベヱっ……!」
しんベヱ「だって、お腹が空いたんだもん〜!!!」
厚着太逸「……とりあえずしんベヱときり丸は山の上で待機」
困ったような顔をして頭を抱えているのは厚着先生、苦渋の決断かのように言った言葉を俺はわざと遮った。
きり丸「それじゃあ、喜三太の目撃情報は掴めないじゃないですか!変わりに俺が女装して、オーマガトキの人達にそれとなく聞いてくるんで待機はしんベヱだけでいいっすよ」
何となく忍術学園を出てからのしんベヱの様子を見て察してはいた。空腹に耐えかねたしんベヱは売り物の団子を食べるだろうって、俺だけは確信していた。
だったら、しんベヱだけでも安全圏で待機していてほしいと思い団子を食べさせるのをわざと仕組んだ。
そう、全ては俺が女装して喜三太の目撃情報を得る為にそうせざるを得ない状況を作ったというのに
善法寺伊作「それは駄目だよ。確かにいい案だとは思うけれど、きり丸一人では危険すぎる」
やっぱり、伊作先輩は騙されてはくれないよなぁ。
きり丸「いつもの事じゃないですか!それに俺は慣れて…」
善法寺伊作「きり丸。例えそうだとしても、わざわざ自分を危険な目に晒すような真似はしなくていい」
善法寺伊作「長屋の件から、きり丸はずっと自分の事を蔑ろにしているね。でも、これだけは分かって欲しい」
自分の事を蔑ろにしている。その言葉が鼓膜を通して聞こえた時は、体がピンッと硬直した。
きり丸「……何、っすか?」
なんで?どこで気付いた???冷静にいようとする裏側で、グルグルと入り乱れる思考が気持ち悪かった。
だって、怪我する度、危険なバイトを入れる度に俺を心配してくれる人はもう居なくなったんだから。
__俺を捨てて、目の前から消えていったんだ。
善法寺伊作「きり丸に何かあったら、心配する人は沢山いるんだよ」
きり丸「そんなの、居るわけな……」
善法寺伊作「いるよ。僕はもちろん、乱太郎やしんベヱ…雷蔵や長次、先生達だってきり丸の事を心配するさ。だから、もう辞めてくれないかな。自分を卑下するのはこれ以上は僕が許さないよ」
伊作先輩の咎めるような声は、どこか悲痛な色に染まっていた。きっと、俺を心配しての叱責。
『傷口に沁みるかも………ごめんね』
いつかの怪我を俺より悲しそうな顔をして、治療してくれたお姉さんの姿と重なった。
きり丸「……今回は伊作先輩に負けました。しんベヱと大人しく待機しておきます」
不破雷蔵「きり丸………」
きり丸(…あーあ、まだ俺は毒されている)
それが、分かってしまったから。俺はもう、これ以上は、伊作先輩の前で口を発するのを辞めた。
善法寺伊作「うん、じゃあ、この後の事は簡単に説明するよ、不破と鉢屋は日向先生と一緒にオーマガトキとタソガレドキの陣中を調査」
鉢屋三郎「はい、分かりました」
善法寺伊作「滝夜叉丸と左門は厚着先生と一緒に城を張ってて欲しい。喜三太の目撃情報も忘れずに……先生方も問題は無いですか?」
日向墨男「えぇ、構いませんよ。よく出来ていますね」
厚着太逸「あぁ…」
平滝夜叉丸「お任せ下さい!この滝夜叉丸の手にかかれば直ぐにでも喜三太の目撃情報は出ます!!」
そんな先生達の後ろで、背景に薔薇を咲き誇らせながら自信満々に豪語している滝夜叉丸先輩を俺は離れた場所で見つめる。
普段は良い先輩なんだけどな、こういう自信満々な所が偶に聞くのが疲れるというかなんと言うか……
厚着太逸「それじゃあ、きり丸としんベヱは私に着いてくるように。滝夜叉丸は左門の縄を離すなよ」
平滝夜叉丸「はい!」
なんて考えていたら、いつの間にか、先輩達は各々の準備をし始めていて、気付けば残っているのは俺としんベヱ、それと厚着先生達だけだった。
きり丸「じゃあ、行くかしんベヱ」
しんベヱ「うん!でも………重くて動けないや」
その言葉がしんベヱの口から吐き出された直後、厚着先生の方から驚愕の声と共にしんベヱを抱えて小走りに駆ける姿があった。
平滝夜叉丸「何をしている、きり丸!!このままでは厚着先生に置いてかれてしまうぞ!」
きり丸「あ、はい!」
焦りながらも、少しだけやや足早になった滝夜叉丸先輩の後を追うように俺も小走りに駆けるのだった。
きり丸(そう言えば、行き交うオーマガトキの人達は誰も緊張感無いよな……やっぱり噂が関連してるのか?)
きり丸「あー、やっぱり当たってたかぁ…」
道中で土井先生と乱太郎、金吾、団蔵と合流して土井先生に情報を伝えると再度、土井先生の方から待機と命じられていたが、流石は、は組。
その命を無視して、何やかんやであって恐らく、オーマガトキとタソガレドキの密謀の現場に遭遇してしまった。
乱太郎「きり丸、」
きり丸「うん、先生達に報告しねぇと」
そして乱太郎の声を合図に俺らはその密謀現場から一気に離れ、藪の中を駆ける。
「……ふぅん」
一方、密謀の現場から、走り去る子供の姿を見つけた男は静かに考え込む。厄介な事になったと呆れていても、自然と口角は愉快そうに吊り上がっていた。
さて、何処まで走ればいいんだ。段々と重くなる足と乱れ始める息が辛くて、そろそろ苦しくなってきた。そんな俺らを追っているのは多分、タソガレドキの忍者だ。絶対力では叶わない相手だと肌で感じる。
しんベヱ「もう疲れた〜!」
皆本金吾「頑張れ、しんベヱ!もう少しだ」
しんベヱの体力が底をつきそうになっている。全員で捕まるなら、いっその事、俺だけが捕まれば……
善法寺伊作「やあ」
乱太郎「ぎゃーー!!!!」
善法寺伊作「どーど、乱太郎。僕だってば」
きり丸「……伊、作先輩」
なんて目の前に現れたのは、山伏のような格好をしている伊作先輩の姿。ふと、肩の荷がおりた気がした。
「「「「あー!善法寺伊作先輩じゃないですか」」」」
そんな俺を置いて、あっけらかんとした態度で伊作先輩に駆け寄る乱太郎達の様子に伊作先輩は呆れていた。
善法寺伊作「君たち、尾けられたね?!」
「「「「えっ?」」」」
尾けられた事に気付いていなかった乱太郎達が、振り返ると頭上では土井先生がタソガレドキと交戦していた。
両者、一進一退の勝負だったが、それが止んだのはタソガレドキの忍者がボンっと愉快な音を立てて姿を消したからだ。
土井先生「お前たち、待ってろと言ったろ?」
しんベヱ「土井先生〜!!!」
勝負が終わり、こちらへやって来た土井先生の姿に安心したしんベヱが離さないといわんばかりにくっついた事で、一旦は幕を閉じ、山田先生と合流するべく再び重い足を引き摺るように俺たちは歩くのだった。
【追記】
2025.05.01. 善法寺ときり丸の会話文の誤字を編集し台詞を増やしました。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!