街灯の光が街路樹に阻まれながらも窓の外の景色を優しく彩っていた。
その風景は、見る度に
私に、
あの海を思い出させた。
私の自宅兼職場は、都内の高級マンションの14階にあった。
東京ど真ん中のここでは存分に夜景を楽しむことができる。
当然、とても美しい景色ではあるのだけれど私がそれを長く眺めることはあまりなかった。
時間がないからというのもそうだが、それを見るとあの海を思い出す。
そしてそれと同時にある男の子の顔が蘇って来るから、というのが最大の理由だろう。
「先生!せ、ん、せ、い!!」
担当編集者の宮田の声で私は自分がずっと窓の外を見ていたことに気づいた。
「大丈夫ですか?で、話聞いてました?」
「ごめんなさい、もう1回お願いします。」
ふとしたときになんとなくあそこを眺めてしまう。
最近は何故か度々そういうことがあった。
「ですから、今回の連載終了に伴って担当も変わることになりましたので。」
担当が変わることに対してさほど驚きはなかった。
初めて担当が変わる時はそれはそれは多大な緊張と不安があったが、経験を積んだ今、あまり思い入れのない担当である彼がいなくなることに特になんの悲しさもない。
それより今問題なのは...
「ただ、新連載のアイデアができてから交代ですからね。本当にどうするんか?かれこれ1ヶ月ですよ。」
新連載
これでプロとして三本目の連載になる。
コンテストで賞を取ってデビューして、その一作目は新人としては異例なヒットを飛ばし、先月完結した二作目も四年間連載したヒット作だった。
次の連載も早くも期待されているらしい。
そんな1番重要なこのタイミングで私はスランプに陥った。
それからだろう。あの景色を長々と見つめるようになったのは。
時間ができたからなのだろうと自分には言い聞かせたが、そんな理由ではないことくらい気づいていた。
しかし、原因はなんなのかと問われても私は恐らく答えられないだろう。
自分の本能的な部分がそうしたくてしているとしか思えなかった。
「いくつかアイデア持ってきましたんで、参考程度に聞いてくれますか?」
気だるそうに宮田が言う。
「ありがとうございます。」
「はい。えーと、ジャンル的には変わらずラブストーリーで行こうと思っているんですけど、先生的にもそこは変わらないですよね?」
「そうですね」
「で、1つ目がですね、」
宮田がカサカサとメモノートのページをめくって自分が考えてきたアイデアを話し出す。
彼が漫画を愛していて、仕事にも熱心なのはこの1年でよくわかった。
だけれど、彼はどうしても気だるそうに話してしまうらしく、一見しただけでは、彼の熱さなどこれっぽっちもわからないだろう。
「先生聞いてますか?次3つ目ですよ。これ僕的にもかなりいいと思うんですよね、今流行りの感動系というか。」
気づけば20分宮田は喋っていた。
早く終わらないだろうかとそればかり考えていた頭に、突然思いもよらない記憶が瞬間移動してきたかのように蘇った。
それは彼の一言からだった。
「砂浜で1組の幼馴染がプレゼントをしあうんですよ、その数年後男子の方が街を出ていくんですけどその別れ際に幼い頃と同じようなプレゼントをするんです。
それで忘れられないまま大人になって感動の再開...みたいな!」
唐突に思い出した。
あの海と、あの男の子だけはずっと覚えていたけれど、全ての記憶が、呼び戻されて来た。
それは、いい意味でも、悪い意味でも、全部。
私は宮田の話を遮り呟く
「人って、
なんで忘れるんでしょうね。」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。