確かに、花梨と俺は生まれた時から瓜二つの顔立ちをしていた。
だけど、本当に可愛いらしかったのは、生物学上の女である花梨の方だった。実際、生まれながらに『女』である花梨の方に、可愛いという魅力の比重は偏っていると幼心に思っていた。
とは言え、それを羨ましいと感じることは一切なかった。
それは、女の子である花梨こそ『可愛い』と評価されるべきであり、花梨に『可愛い』という評価が集まることが正当であると信じていたからに他ならなかった。
しかし、子どもは思いのほか残酷だったりする。
俺より花梨の方が明らかに可愛いにも関わらず、素直になれない男の子が『何故か』俺を可愛いと評価する暴挙に出てくる。それが、花梨の気を引きたいがための行動であることくらい、同じ男として瞬時に察することは容易だった。
その事実を花梨に教えてあげることだって、できただろう。
だけど、俺は花梨に伝えることは一切しなかった。
それは、花梨のことを幼心に奪われると警戒したからかもしれないし、花梨の良さを素直に認めない相手のお膳立てすることに不快感を覚えたからかもしれない。
今となっては、詳細を思い出すことが出来ないが、恐らくちょっとした独占欲が俺の行動を鈍くさせていたと思っている。
当初、花梨の気を引きたい男の子たちだけが、俺を可愛いと評価していたはずが、いつしか男女の枠を越えて、花梨に自分の可愛さに目覚めさせないための牽制に繋がる動きとなったことは本当に驚いたものだ。
良くも悪くも、利害関係が一致すると人は驚くほど足並みを揃えるものである。言い換えれば、俺自身もまたみんなが俺を可愛いと評価し続けることにメリットを感じているというわけでもある。
とりあえずの落とし所として、花梨の頭を撫でて慰めつつ、心の中で計算する。
俺はあとどのくらい花梨の傍で守れるだろう。
俺はあとどのくらい花梨をフォローしてあげられるだろう。
別々の道に進む分岐点へのカウントダウンは刻一刻と迫っている。
その時までタイムリミットを想像すると気が滅入る。
だけど、その時までは……。
そう言って、単純な花梨はクスクス笑って、現状を受け入れる方向にシフトしている。提案している片割れは喜んで受け入れているにも関わらず、素直に聞き入れ、前向きに捉えようとしている花梨のズレっぷりは本当に可愛いものがある。
そんなに可愛い花梨のことを素直に可愛いと褒めることさえ出来ないひねくれ者に塩を送る必要などないはずだ。そして、花梨の間違いを敢えて諭すこともしないだろう。
【end.】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!