第3話

呪縛②
26
2025/04/07 12:00 更新






少年から青年へと変わりかけの掠れ声が金髪の少年に友好的に掛けられ、無意識に喉が鳴る。





どこか幼さを秘めた様子だが、彼は、関東事変でたすけられないまま死んでしまった自身の血のつながらない兄に瓜二つだった。



モッチー
マイキー、どうした?大丈夫か?


俺がソファから転げ落ちる音を聞いてやって来た望月がヒョコ、と顔をのぞかせる。

マイキー
コレ…




ちらりとモッチーに目をやり、金髪の少年に話しかけるイザナ少年(仮)を指差す。














実を言うと、このこども、イザナの本物の息子である。




関東事変のときには既に妊娠が発覚しており、言うタイミングを伺ってるうちに当のイザナが死んじまったもんだから母はこどもを忘れ形見として堕ろすに堕ろせず産んだ。






しかもイザナは母を危険な不良界隈に近づけるのを極度に嫌い、あの鶴蝶にすら女のことを黙っていた。





…とまァ色んな複雑な事情が重なってイザナはもとより元天竺メンバーに彼の子どもがいることは知られなかったのだ。



当時喧嘩漬けだったイザナがまさか子ども孕ませてたなんて思いもよらなかったし。






シングルマザーは大変だが、母、倹約に関し天賦の才があった。



切り詰められるところはとことん切り詰め、息子の教育費や服飾費など、お金の使い所を分かってたのも大きい。



で、イザナ少年(仮)はそのほぼ生き写しレベルの整った容姿から芸能界へスカウトされ今に至る、、というわけだ。







うっすらドラマの制作陣に遠い昔天竺でヤンチャしてた人がいたとかいう奇跡もあって、ガチモンのイザナを彷彿とさせる赤の特攻服やら総長のポストやらなんつートンデモが発生してたりする。


花札のピアスもつけさすか迷ったよね。










閑話休題。




とにかく言葉が出てこない。



見ろ。そして俺と同じ感情を共有しろ。






ここ数年で一番興奮してる自信があるくらいマイキーは歓びと驚きと_黒い衝動@所有欲_を燃え滾らせた。




イザナのやつ、誰とも血の繋がりがないとか言ってたけどあれはカラーリングといい顔立ちといいお前の二世だろ。



モッチー
は…?




無事モッチーも同じ気持ちを共有した。



この男もここ数年で一番驚いている。




イザナ、とかどうして、とか言いたい言葉はたくさん浮かぶが、完全な音にはならず意味を成さない言葉がくちから零れ落ちて、なんとも言えない空気が満ちる。


マイキー
望月。
モッチー
あ、ああ。



あの少年は一体誰なのか。


イザナの血縁ではないのか。



モッチーはちょっと、いやかなり続きが気になったがそれより少年の正体だ。



部下に電話を掛けよう、として思いとどまり、番組ホームページを検索する。

ついクセで文明の利器の意味をなくしてしまう。






しかし、番組の内容のところには先週のキャストは載っていても今週のはまだ更新されていない。


何度もリロードするが、画面は変わらないことに舌打ちが出る。

クッソ結局部下に連絡要るんじゃねぇかよ。






簡潔に、早急に報告出せと1コールで出た部下に唸る。



苛立ちもあったが、なによりさっき小さく見えた姿にどうしようもなく嬉しいと思ってしまう自分がいる。





















さすがにさっきの今で再びマイキーの部屋に戻って一緒にドラマを見る勇気はない。



早足で普段使われることのない会議室に赴き、バカでかい32インチで有機ELだとかいうテレビの電源を入れる。







ちょうどCMで、まだ始まらねえのかと舌打ちが出る。


早くイザナ少年(仮)を映せよ。






いやでも待て。



鶴蝶はこのことを知ってるだろうかと思うが、アイツのことだ。

後で知ってクソ悔しがる。




CMのうちに電話を済ませてしまおう。



モッチー
もしもし、俺だ。望月。
鶴蝶
『ああ、どうした?トラブルか?』





どうやらまだ作業をしているらしく、忙しなく書類をめくるような音が微かに聞こえる。



心_做@な_しか疲れた声色もそのせいだろう。


モッチー
いや、お前今TV見てるか?
鶴蝶
『見てないが…』
モッチー
じゃあT○S見ろ。今
鶴蝶
『いや今九井と仕事…』
モッチー
今見ねえと後悔すんのはお前だぞ?とにかく見ろ
鶴蝶
『待ってくれ、意味が分からね
モッチー
お、CM終わったからまた後でな




そのままブツリと切り、状況をうまく理解できてない鶴蝶を置き去りにした。


それよりドラマ。





残念ながらモッチーにはこのことを教えてやる優しさはあったが、相手を優先するほどの優しさは持ち合わせていなかった。













どうやら抗争になったらしく、使われなくなったヤードらしきところで赤の集団と白の集団が対峙している。




チームの旗が高く掲げられ、風をはらんでバサリと音を鳴らす。



意を決したような表情で赤銅色の短ランに身を包んだ少年がアップで映るが、それよりもイザナ(仮)をもっと映せよ。






それからややもしないうちに互いの総長の鬨の声で一斉に走り出し、乱闘が始まる。


仕切りも何もいねぇのに、どうやって決着つける気だコイツら。






幹部格のつもりか、その他大勢とは衣装の違う奴らが大立ち回りを繰り広げる中を、主人公は殴り殴られボロボロになっていく。

だからイザナを映せって。







そのうち回想シーンに入った。



要するに幹部たちはみんな倫理観がブっ飛んでて、それでいて総長の恐怖政治が敷かれてて……って、まんま俺らなんだよなぁ。


もしかしたら関係者がいたのかもしれねぇ。



そわそわとして取り出したタバコを咥えたものの火をつけることさえ忘れていた。







回想の間に戦局は変化していて、カメラが戻ってきたときには少年側がだいぶ不利になっているらしく立っている人間が少なかった。




それでも諦めないのが若さというやつだ。


肩肘張って意地張って突っ張ってカッコつけてんのが格好良いと思ってた時期が、俺にもあった。





イザナ
『おい、〇〇。王に盾突くのか?』

『違う…アンタ、もういいでしょ?!俺らの敗けだよ!』
『る゛せぇ!ただの雑魚風情が王に意見してんじゃねぇ!!!』

恐慌状態で叫んだイザナは、仲間であるはずの少年に懐から取り出したチャカを突きつけていた。







そんなシーンでドラマ視聴組に合流した鶴蝶。言うまでもなくSAN値は直葬である。誰だこんなシナリオ書いたやつ。あの抗争での俺への当てつけか???ていうかイザナ。まじでイザナ。どういうことだ。






正気を失ったように、能面のような表情をしたイザナはセーフティを外し、ゆっくりとした手付きで引き金に手をかける。
誰かの生唾を飲み込む音がやけに大きく響いて、びくりと身体を震わせる。



そして、そこで聞こえだしたサイレン音に心底安堵した。主人公サマのご登場だ。サイレンで未だかつてないほどに安堵した。

縁起でもないがもしかしてこのままあの日のようにその男が死んでしまうような気がしていた。










サツだと叫ぶ声と、今日は解散だという怒号が遠くで聞こえて、人が加速度的に減っていく。抗争終わり特有の光景。もうとんと見ることのないそれは、マイキーにとっても懐かしい気がした。


『いいか、オレはまだ敗けてねェ。勝ったとか思い上がるんじゃねぇゾ』

大きな舌打ちと共にすこし使い込んだような赤いCBR400Fにひらりと飛び乗って小さくなっていく後ろ姿は、いつか集会終わりにでも見たような幻覚を覚えさせる。


結局、兄である彼とはまともに話すことも、笑い合うこともできなかった。脳の芯が麻痺して逃げ遅れた金髪の少年が捕まったのは見たが、あとはよくわからないままドラマは終わっていた。


あのあと、イザナ少年はどうなったんだ?










同時刻。九井にどやされながらもドラマを点け、そして情緒をぐちゃぐちゃにされた鶴蝶は黒い背景に白文字で "このドラマはフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。" と映し出されている画面から目を離せずにいた。


あの日失った俺の生きる意味が、目の前に立ち現れてなかなか離れずにいた。

それこそ、泣き虫の幼馴染が言ったように天竺の夢をどうするかは俺にかかっていることは理解していた。でも、国王がいない国に大臣だけがいてもそれは似た形をした別のものだ。


考えまいと、逃げていた。全部うやむやにして曖昧にしてしまえばどうにかなるだろうと、否、なってほしいと心のどこかで思っていた。


いつまでも、腑抜けているわけにはいかないな。


誰に言うでもなく苦笑して、ひとまずは目の前の紙の山と戦うことにした。





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