「いらっしゃいませ。」
柔らかな声が耳に届いた瞬間、水口は小さく身を震わせた。しかし、その言葉に答えることはなく、店内を静かに見回した。どこか遠くから聞こえたように感じるその声の主を、視線を彷徨わせながら探す。
店の奥には、整然と並んだ商品たちが並んでいる。ところどころに灯された温かみのある照明が、空間全体を包み込んでいた。その中に人影は見えなかったが、
声の主はそこにいた。
水口はしばらく、静かに耳を澄ませてみた。奥から何かが動く気配もなく、ただ静かな時間が流れている。彼は少し戸惑いながらも、再び店の奥に目を向けようとした。すると、ある一つの棚に目が止まる。
そこに並んでいたのは、かつて彼が使っていたスケッチブックだった。
そして、心の奥にしまい込んでいた記憶が、静かに呼び起こされる。
「これ……」
水口は無意識に、そのスケッチブックへと歩み寄っていった。声の主はそれを見守るように眺めている。
水口はスケッチブックを手に取り、呆然と表紙を見つめていた。胸に湧き上がる懐かしさと戸惑いが、彼の思考を曇らせる。彼はそっとその表紙に触れ、指先で紙の感触を確かめた後、無意識にページをめくり始めた。
「そのスケッチブック、懐かしいですよね?」
突然の声に、水口の肩がぴくりと跳ねた。驚いたものの、振り向くことはなく、ただ手元のスケッチブックに集中していた。指先がゆっくりと一枚一枚、ページを捲っていく。白紙のページが、過去の記憶を呼び覚ますかのように、次々と現れる。
「……これは、廃盤になったはず……。」
彼は低く、戸惑いを含んだ声で呟いた。かつて自分が愛用していたこのスケッチブックは、もう二度と手に入らないものだと思っていた。それが今、こうして目の前にあるのが信じられなかった。
「でも、ここにはちゃんとあるんです。あなたにまた描いてほしくて、戻ってきたのかもしれませんね。」
水口の目に、カウンターのそばに立つ杏子の姿が映る。彼女は穏やかに微笑みながら、彼に語りかけていた。その言葉は、水口の心の奥に静かに響いた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。