脱ぎやすい、以外に取り柄のない忍服。
内側に着ているものを脱ぎ去ったところで、ざわめく声といくつもの視線が俺に向けられている気がした。
竹谷「うわっ……」
『……“うわ”?俺が美しすぎるって?』
久々知「…違うと思う」
『何も違わないが!?!?』
周りを見てみても、全員が青褪めているような引き攣った笑い方をしているような顔ばかり。揃いも揃ってパッとしない顔だな本当に。
何か俺に言いたそうにしては口籠る黒髪の方を遮り、うどん髪に指をさされながら告げられた言葉は、数回噛まねば飲み込めないようなものだった。
尾浜「いやいや、気付いてないわけ、?」
『何なんだお前達は、言いたいことがあるならハッキリと…』
身体中すごい痣だらけだけど
『………はぁ?』
何を言い出すかと思えば、と自分の体を見遣れば、そこには悍ましいほど広範囲に付いた青や赤の痣、内出血の跡。
自分の身体のあまりの惨状に声がひっくり返った。
『なッッ゜!!?なんだこれは…!!?』
尾浜「俺達に聞かれてもわかるわけないだろ?うひゃー、酷いね…」
『役立たず!!!!!』
尾浜「いくらパニックになってても俺も傷付くって」
『擦れば消えっ…塗料か何かじゃ…本当に俺の体か、!?』
不破「全然痛そうにしてなかったけど…すごく痛そう…だ…大丈夫?」
『雷蔵…』
鉢屋「ひどいな、痛そう、青痣のとこ押してもいい?」
『は?』
竹谷「折れてない!?あ、でも手首に痣ついてるの俺とお揃いだ、これこの間委員会でさ」
『この状況で何故世間話にできるんだ気持ち悪い、誰だお前』
竹谷「名前も顔も覚えるの苦手なんだなぁお前」
ぎゃあぎゃあ喧しくなる脱衣場でますます風呂に入る気をなくした俺は、見るに耐えない肌を隠すべく落としてしまった忍服を着ようと手を伸ばす。
しかしながらその服はふざけた顔をしたうどん髪に回収され、木の根を編んで作ったようなみすぼらしい籠の中に放り込まれた。
尾浜「風呂には入るぞって言ってるだろー」
『やめろ…どうせその箱も学年ごとに分けられていないんだろう!!』
尾浜「まあ分けられてないけど、俺の服が下敷きになってるから直接籠とは触れてないよ」
『は、きたない』
尾浜「はぁーー????」
笑顔のまま青筋を立てるうどん髪の顔がどこかヤツに似ていて次の言葉に迷っている隙に
まんまと言い包められていたのか気付けば俺は風呂場にいた。
『…………解せん』
尾浜「洗ってから入るんだぞ」
『あまり舐めるな、当然だろ…』
とは言ったものの、固形石鹸は置いていないようで、代わりに泡が詰まったような入れ物が置いてある。
匂いを確かめてみるがほとんど無臭であった。
『…なんだこれ』
その言葉に反応したのか俺をうどん髪と挟むようにして座っていた黒髪が答える。
久々知「ムクロジの実で作った泡、それで洗って」
『ムクロジ』
尾浜「あれ夜叉丸、ムクロジの実ぃ知らないの?家柄自慢するだけあるね、毎日石鹸だったとか?今度ムクロジから一緒に泡作る?」
『………俺が無知だと馬鹿にしてるんだろ、お前らに教えを請う気なんてない』
尾浜「頑固なんだから」
久々知「…ねえ、勘右衛門に態度悪くするのやめてくれる?お風呂場でくらい落ち着いていられないの?」
尾浜「はは、俺はいいって兵助」
久々知「目に余るよ…!」
俺を睨む黒髪の、冷めた瞳に湯気が揺れる。
しかし俺は無視した。
立場が弱い者同士だから傷を舐め合うように互いを守ろうとするんだ、と、わかっているから。
俺は違う。
恵まれた環境に、祝福された人生。
何一つ不自由など無く、このようなすぐに消え入る泡で体を洗ったことなどもなかった。
お前達は弱いから結託しているんだ。
だって、何か理由をつけないと、俺よりも楽しそうにしている周りの全員を理解できないから。
不破「…勘右衛門にごめんねしないの?」
『べぇーっ』
久々知「もう、なんでそんななの!!」
鉢屋「兵助がこんなキレるの珍しいな」
虚しさを覆い隠すように強がる癖は、この先もずっと治ることはないだろうから、俺はこのままでいい。
優しくいても損をするだけなんだ、俺の弟みたいに、何も断れず歯向かわず否定せず。
と…丁度滝夜叉丸のことを考えていたら、脱衣場からその声が聞こえた。
平「ーー、てーー…が…」
『お』
尾浜「夜叉丸の弟でしょ」
『うん』
竹谷「弟!?」
ろ組の連中は知らなかったようで、新たな話題にまた盛り上がっていた。
そのまま流れるように全員が湯船に浸かっていたので、入る気のない俺は浴槽の淵に腕をかけながら揺れる水面に触れていた。
しかし滝夜叉丸だけならよいのだが、嫌な予感がする。会話が聞こえるわけではない、ただ、滝は焦った声を出している気がする。
そもそも“会話”をしているということは一人ではないんだ。
『くそ…誰だ…』
竹谷「また名前わかんなくなった?」
『ちがう』
よく気にかけてくる男は鬱陶しかったが特に不快感もない。
観察すれば、鉢屋だけは特に顔に湯がつかないようにしているくらいで、面白がったい組が湯をかけていた。
鉢屋「それにしても、兄弟で入学か」
不破「いいなぁ、なんか羨ましいや」
久々知「雷蔵は三郎いるから双子みたいなものなのに羨ましいとか思うの?」
鉢屋「そうだよ雷蔵!私がいるだろ!!」
不破「だって血が繋がってるわけじゃないじゃない、三郎とは」
鉢屋「い…一割くらい、似通っているかも、しれないだろ…」
『一割でも八割でも意味ないだろ』
不破「やっぱり“兄弟”って憧れがあるもんね」
尾浜「雷蔵さん達そこら辺にしといて」
鉢屋のためか、冷静になるためか、制止を求められる。
だがうどん髪の視線の先は浴室の戸で、その先から耳に届く張り上げられた声と、途中から増えた優しげな声に俺と鉢屋の肩が揺れた。
鉢屋「最悪な先輩だ…」
『最っっ…悪なやつだ、』
声が増えるまで滝の声は嫌々引き摺られているようなものだったのに、憧れの止められないような喜んだ声に変わったのは何故だ。
隠れる場所など見つからなかったので、風呂に飛び込んだ俺はできるだけ隅の方で、引っ張ってきた雷蔵の背に隠れた。
ガラッと遠慮もなく開けられた戸と合わせるように鉢屋も身を寄せてきたので、より隠れやすくなる。
七松「あ!鉢屋三郎!!」
鉢屋「今はマジでやめてください」
平「お…お邪魔します」
『(滝…!)』
尾浜「……ねえ、夜叉丸は誰から隠れてるの」
『……………にやけ面の、桜色のやつ』
尾浜「あーーー……、」
察し能力の高いうどん髪は、残り二人も呼び寄せる。
浴槽の角に集まる二年全員の光景はやや異質だろうが、数人は逆に楽しんでいるようだった。
一番楽しそうにしているミノムシ頭のやつは俺よりガタイがよくて助かるには助かるが、なぜだか苛ついたので振り返りざまに顔に湯をかけてやった。
遂に、遅れて入ってきた最悪の人物、と、それの恐らく同室。
風呂場だというのに身体が冷える。
桜木「お、今日は二年が多いなぁ」
七松・平「桜木先輩!!!」
七松「それに若王寺先輩!」
桜木「お前の兄はいないみたいだな」
平「はっ、ははは、はひ…!!!」
尾浜「あ…はは…風呂に入りたがらなくて…」
若王寺「……?」
誤魔化そうとするうどん髪を、やつの隣にいた上級生はじっと見つめては首を傾げ、何かを納得したように頷いていた。
若王寺「…ああ、おい清右衛門、居ても虐めるなよ」
桜木「虐めたことなんてないけど、まあ…居なけりゃ虐めないよ、なぁ?」
それを聞いてから俺は、見られているように落ち着かなくて、そっと水中に身を潜めた。
俺は英才教育を受けた身。息を止める訓練はしたことがある…だが…持って九十秒だろうなぁ…。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!