第5話

訓練開始前
7
2025/11/18 13:12 更新
キーボードを叩く音と、珈琲の香りが充満する真っ白な部屋に、一矢とエディはいた。
味気ない部屋に呼ばれた理由は不明。二人は何かをする訳でもなく、インスタントの珈琲をマグカップに注いでは飲み干していた。
風間一矢
そろそろ、珈琲を飲むことにも飽きてきたな。ミルクもないこんな部屋じゃ、寝るしか時間を潰す方法がない
エドワード・コールマン
上官がいつ来るかも分からないのに、お前は寝るのか?
風間一矢
そんな訳がないだろう。仮にもここは軍隊、無礼をはたらけば首が飛ぶんだ。やる気が起きないさ
エドワード・コールマン
それはそうだが…
二人の間に流れる気怠い雰囲気を払拭するかのように、部屋の扉が開かれる。
扉の向こう側には、秘書を一名連れた男――アレクシス大佐が立っていた。
アレクシス・ヴァンデンバーグ
…失礼する
エドワード・コールマン
随分と遅い入室ですな。部下である私が言うのもなんですが…時間にルーズ過ぎやしませんかね?
風間一矢
エディの言う通りだ。上官であるアンタが、ここまで時間にルーズ過ぎると、こちらの士気やる気に関わるんだが
アレクシスは黙ったまま、近くのソファーに腰を降ろす。
一矢やエディの言葉には一切耳を傾けるつもりはないと、明言されたような気がした二人は、ムッとした表情を隠さず彼と向き合う。
風間一矢
…何か言ったらどうだ。この際はっきり言うが、態度が悪いぞ
アレクシス・ヴァンデンバーグ
それを言うなら、お前も同じだがな。上官に対してタメ口とはどういうつもりだ
風間一矢
つもりも何もないだろう、軍隊では一分一秒も無駄にはできない。それを守れないような程度の低い上官に、敬意も何も抱くもんか
アレクシス・ヴァンデンバーグ
今の言葉、撤回するつもりはあるか?あるなら早めにしておけ。でなければ、貴様の首が飛ぶぞ
風間一矢
俺の首が飛んだときがアンタの命日だ
一矢は苛立ちながらため息をつき、アレクシスの隣に立っている秘書に視線を向けた。
――マリア・ベル中佐。彼女は人形のように整った表情を崩さずに、一矢を見つめ返した。
彼女は何も言わず、脇に抱えていたクリップボードを手渡してきた。
一矢は「どうやら伝わったか」と内心ほっとしながら、それを受け取った。
マリア・ベル
作戦内容を説明します。本作戦の目的は「ヴァーミリオンの捕獲または撃墜」です。現在、ヴァーミリオンは高城少尉の手により無断出撃、基地上空を飛行中です
エドワード・コールマン
あの馬鹿…いつかやるとは思っていたが…
マリア・ベル
軍上層部からは、「場合によっては高城少尉の殺害」を作戦目標に置き換えることも指示されています。
つまり、今回の作戦に必要なものはただ一つ。”仲間を殺す覚悟があるかどうか”です
マリアは眉一つ動かすことなく、淡々と告げた。
彼女の目には一切感情が乗っておらず、仮面のように”取って付けた”ような違和感があった。
風間一矢
中佐、一つ質問がある。高城少尉が俺たちの機体に乗っているなら…俺たちは何に乗って彼女を撃墜すればいい?
マリア・ベル
その点はご心配なく。今回、あなた方には最新鋭機「ET-01」に乗ってもらいます
一矢の新しい機体「ET-01」。その名前を聞いた時、彼は妙に安心感を覚えた。
彼はこの感覚を以前も味わったことがある。
――ヴァーミリオンを乗機として与えられた時だ。一矢は「ああ、そうか」と一人頷くと、アレクシス大佐の脛をさりげなく蹴り飛ばしてから部屋を出ていった。
戦闘機が所狭しと並ぶ格納庫にて、一矢はコクピットに乗り込みシステムの最終チェックを行っていた。
大掛かりな改修が必要になるだろうと覚悟をしていたが、思いの外中身は従来の乗機と変わらず、事は順調に進んでいた。
風間一矢
戦闘バカのお陰で、俺たちは新しい機体を貰えたな
エドワード・コールマン
まず間違いなく、アイツの恨みを買うだろうがな
風間一矢
何で俺たちが恨まれなきゃいけないんだ、エディ。俺たちは指令を受けて、高城リナというパイロットを撃墜するんだ。そこに恨まれる要因がどこにある?
エドワード・コールマン
それを理解するにはまず、「高城リナ」という女性を理解する必要がある
風間一矢
なら、やめておこう。俺は彼女が嫌いだし、彼女も俺が嫌いだ。嫌いな奴のプライベートを知った所で何の得にもならない
一矢は機体の電源を落とし、狭いコクピットから身を乗り出し外へと出た。
皮のブーツがコンクリートの床を踏む軽い音が響き、彼はすっと地面に下り立った。
出撃までは残り三十分。そろそろパイロットスーツに着替えたほうが良い時間帯だ。
風間一矢
そろそろ時間だ。出撃の準備をするぞ
エドワード・コールマン
もうそんな時間か。機体の細かい調整は殆ど終わっているが…全部じゃないのが不安だな
風間一矢
そこまでナーヴァスになる必要はないぞ、エディ。俺たちは常に、空を飛ぶときは「ヴァーミリオン」という爆弾を抱えてるんだからな
エドワード・コールマン
それ、慰めのつもりか?それにしては安心材料が全くないが
風間一矢
ブラックジョークとして受け取っておいてくれ
一矢は笑みも見せず、ロッカールームへと足を運ぶ。
傍から見れば、戦場に赴くことを自覚し覚悟を決めた兵士のようだが、彼の親友であり仲間のエディの目にはそう見えなかった。
一矢の表情は「無」に等しい状態で、目の焦点もあまり定まっていないように見える。
何よりも恐ろしいのは、彼の左手の動きが無意識の内に“操縦桿を動かす動作”を行っていることだった。

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