なぜこんな場所にいるのか、どうしてか分からない
もう2度と会えない、確かに一度はそう思ったけど
会った瞬間に僕は涙がまたぼろぼろと溢れ出した。
かっこ悪いし、恥ずかしい。
こんなところを見られるなんて、
だけど涙は止まらなかった。
長谷部さんはそう僕に声をかけた。
思ったより優しい声で言葉をかけてくれた気がした。
母は変わってしまったんだ、あの日から。
毎日窮屈で辛かった。
だけど辛いだなんて言えるわけなかった。
僕は完璧な演者でいなきゃいけなかったからだ、
僕は何も言わずに頷いた。
少し図々しい気もした。
だけど、その言葉は僕が1番求めていた言葉であった。
長谷部さんの前なら、僕は僕でいられるから。
僕はそう言い長谷部さんの傘に入った。
心做しか雨は先程より少し和らいでいる気がした。
しばらくはお互い何も話さず沈黙が続いた。
だけど、僕は彼が隣にいるだけで嬉しかった。
ようやく涙もおさまったので
僕は普通に受け答えできるようになっていた。
僕はドアを開け、長谷部さんが中に入れるようドアを手でおさえた。
そう言い長谷部は靴を脱ぎいつも通り部屋に向かった。
僕もそれについて行く。
でも、1つだけ引っかかることがある。
まるでさっきの僕がしたことがなかったように接してきている気がした。
…逆に触れてもらわない方がありがたい、というのはあるけど
そしていつも通り長谷部さんの部屋に入った。
いつも通り、とは思うけどまさかまた入れるとはね、
僕は思わず聞き返した。
質問の意味はとっくに分かっている。
まさかの言葉だった、謝られるとは思っていなかった。
僕だってすごく急に言ってしまったことだった。
長谷部さんだって動揺したりする、そりゃそうだよね。
元は全く関係なんかなかったのに、
短期間過ごしただけの仲で急に、好きだなんて言われて。
何故だが喉から裏返ったような笑い声が出た。
表情は多分、意識してないけど笑顔。
ふと気づく、自分は誤魔化そうとしていることに。
……いいや、それでいい
こんな感情は僕ばっかりだったなんて理解して_
その時だ。
長谷部さんは立ち上がって僕により、僕を壁に押し付ける。
両手はそれぞれぎゅっと指を絡められて拘束されたような状態だ。
そして、長谷部さんの顔と僕の顔との距離がとても近い。
レンズ越しからの視線、
流石にここまでの至近距離ではそらせなかった。
きっと僕は驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤だと思う。
まさかの答えだった。
長谷部さんも、僕を…?
そう言い長谷部さんはぎゅつと押しつけていた手を離して
一度僕から離れた。
急にびっくりした、でも
それ以上に色々想定外だったというか。
でも、長谷部さんも僕と同じ感情を持っているというのは今でも信じられない。
僕は人間観察は得意な方である。だけど、
長谷部さんの言動からして、
今までそんな気持ちは全く感じ取れなかったからだ。
だけど………両思いなんだって、
信じちゃって、いいのかな。
独りよがりなんかじゃなかった、そう思ってもいいのかな。
Side こったろ
上手く取り繕って、笑顔を振りまく。
みんなに信頼される優等生。
ずっとそうだった、あの時までは。
でも、何のために頑張っていたんだろ?
答えを教えてくれる人間なんていない。
だから、全部どうでもよくなった。
だけど、あの日。
何もせずに、その日も相変わらずゲームをしていた。
別に好きってわけじゃない。ただの暇つぶしだ。
ピンポーン
その時、インターホンがなった。
ウーバーやらネット通販やら、ここ最近何も頼んではいない、
また教師が来たのだろうか。
そう思いながら、だらだらと動いてインターホンに答えた。
そんな明るい声が聞こえた。
無視してしまおうか、一瞬そう思った。
……少しぐらい話しておくか、
そういえば今生徒会長と言っていた。
…どうせ教師に頼まれたのだとは思うけど。
追い払おうかな、そんな考えも浮かんだ。
教師じゃなかろうが接待なんてめんどうなだけだ。
だけどなぜだろう。
彼に興味が湧いていた。
彼を何故だが自分に照らし合わせていた。
似ている、ような気がした。
俺は気づけば動き出していた。
本当はこんなことめんどうなだけだと分かっていても。
ドアを開けてそうポツリと呟いた。
疑っていたわけではないけど一応確認が取れた。
制服も着ていて、顔つきやら体型からして確実に教師ではない。
彼はそう笑顔で俺に話した。
インターホンごしからも感じたけど、やっぱりそうな気がした。
彼も、俺と同じ“演者”なのだと。
それから、彼はやはり教師に言われて来たことを知った
思っていた通り、教師は俺に早く卒業してもらいたいらしい。
とは言っても、単位を取るとなると毎日学校に行くのは必然。
そんなことは無駄な行動でしかない。
だけど、生徒会長と名乗る彼は毎日やってきた。
そうせいとかいちょーは嘆く。
来るたびにこうやってゲームをしたり、時に音楽を聞いたり
たまにタイピングを教えたり。
一緒に暇をつぶしをするのが日課となった。
1人より2人の方が、
意外と時間の流れが早いんだな、と思うようになった。
せいとかいちょーは俺をなんとかして学校には来させたいようだが
…まぁ、そのために俺の家に通い続けるのならそっちの方が良い。
気づけば生まれていた感情があった。
それは_
“俺に堕ちてしまえばいい”と。
俺なら彼を愛してあげられる。
実に綺麗な感情、純愛で。
あんな、クソ野郎なんかとは違う、美しい愛の形だ。
クソ野郎、ソイツの話を始めるとなると
かなり遡らなければいけない。
高校2年生の頃、まだ俺が演者であった時代だ。
そう言い元気に答える。
それが俺のキャラであったからだ。
明るく快活で、優秀な生徒。
そう教師はそれだけ伝え、去っていった。
優秀な生徒であること、
こうすることで喜んでくれる人がいる。
だから俺は優秀な生徒を演じ続ける。
帰り道。
今日はたまたま部活がオフだったので
俺は久しぶりにあの場所に出向くことにした。
学校を出て徒歩15分ほど、
そこに建っているのは市立病院だ。
いつも通り係員に見舞いに来たと言い部屋まで誘導してもらう
部屋まで連れてきてもらうと俺は係員にお礼を告げた。
そしてドアをノックして開けた。
そこにいたのは俺の母親である。
母親は2年前ぐらいから難病にかかってしまっていた。
だから家にはいない、もうずっと病院にいる。
少し見ないうちに繋がれている点滴の数が増えたような気がした。
そう言い母さんは笑った。
俺も一緒に笑う。
もちろん作り笑いなんかじゃない。
母さんの前でなら自然体でいられた。
母さんが俺の報告を聞いて喜んでくれる。
今の母さんにとって幸せを感じる瞬間ってのは
こういう時に限るだろう。
だから、母さんのために。
俺は優等生であることを決めた。
母さんを喜ばせるために、幸せにするために。
せめてもの親孝行のつもりだった。
優等生であることは面倒な時もあるが苦ではない。
全部俺がしたくてしていることだ。
だけど、唐突に崩れたのは高校2年生、冬のことである。
図書館で勉強していると
スマホがバイブレーションしてることに気がついた。
母さんが入院している病院からだった。
一度外に出て俺は電話に出た。
ヒュッと喉に冷たい風が通る感覚がする
その瞬間に目眩が来るような感覚にも襲われた。
息を引き取った…母さんは死んだ、?
それだけ伝えてすぐに電話を切った。
壁に手をあて、膝をつき崩れ落ちる。
信じられなかった、信じたくなかった。
母さんはまだ生きているんだって、
今日、病院に行けばまた元気な母さんが見れる
きっとこれは酷いジョークだ。
そうだと本気で思っていた。
だけど、やっぱりジョークなんかじゃなかった。
病院に行くと、そこには目をつぶり横たわった母が寝かされていた。
姿を見た瞬間、俺は母さんにかけよりぎゅっと手を握った。
でもその手はとっくに冷たくて、命の灯火は途絶えていた。
どれだけ暖めようが、手は冷たいまま。
その命は永遠に失われてしまった。
まるで、蝋人形のようだった。
俺はそう答えた。
どうせ俺が連絡を入れようが、アイツは答えないだろうけど。
俺の父親は今海外にいる。
巨大IT企業の社員だった。多くの功績もある、有能な社員だ。
でも、アイツは…母さんが、2年前に病気になったというのに
1度も帰って来ることはなかった。
月に一度、大量の仕送りだけが送られてくる。
それだけだ。
俺がメールをしておくと、その日の深夜には連絡が来た。
「そうか、わかった。
だけど、俺は帰ることができないから
代わりに葬儀の手配はやっておいてくれ。」
来た文章はこれだけだった。
それから葬式が行われた。
その後火葬も行われ、俺は骨壺を墓に持って行った。
母さんの最期も、
そして母さんが焼かれる前の最後の時間さえも
父は結局見届けることはなかった。
父から来た、1通だけの返信メッセージを再度眺めながら呟いた。
そういえば父はずっとそうだった。
いつだって仕事、仕事、仕事、仕事
家族なんてほったらかし。
ふざけていると思った。
それから、2週間が経過した。
いつも通り学校を終え、家に帰ってきたときのことだ。
玄関の鍵は空いていた。
誰かが家にいる。
俺は急いでドアを開けた。
そしてその瞬間驚愕した。
靴は2足、一足は父のものだった。
父の靴が、なぜ?
そう思ったその時だ。
聞き覚えのある声、そして人の気配。
視線を上にずらす。
そこにいたのは、やはり父だった。
そう問いかけたがふと思った。
母さんのために帰ってきてくれたのではないか?
確かにずっと家族なんかほったらかしだったけど、
母さんは死んだんだ、
家族である以前に2人は夫婦。
父さんにも少しは母さんを思う気持ちがあって
帰ってきたのかもしれない。
だけどそう思ったのも束の間だった。
父の背後から出てきたのは知らない女性だった。
服装からしていかにも上級層の人間だと分かった。
全く知らない人だ。
父との関係性が全くもって読み取れない。
父の仕事の知り合いなのだろうか、?
だけど、そこに絶望の一言が放たれる。
少しの間理解するのが遅れて
沈黙が生まれた後に言葉が溢れるようにして出た。
喉につかえていたものが一気に飛び出すように、大きな声が出た。
本当はこの場から今にでも消えてしまいたいぐらいだ。
その視線は痛いほどに突き刺さる。
その言葉で心身を射抜かれて、痛いほどに凍りつく。
そうしてようやく気づいた。
母さんも。
そして俺も。
コイツにとっては道具でしかない。
家族だなんて言葉で飾って
結局は形だけ、そこにあるのは偽証のアイ
それから、全部どうでもよくなった。
元々俺が優等生であったのは母さんのためにだ。
対象がいなくなった今、そんなことする意味などない。
みんなが幸せになる方法はあったのかもしれない。
だけどそんなこと、とっくに考えるのを放棄していた。
俺自身の幸せ?
そんなものは、どこにもない。
元々俺は依存体質だったんだ、
母さんがいたときもそうだったのかもしれないと
今になって感じている。
せいとかいちょーは関われば関わるほど純粋な子だった。
詮索していくうちに恋人はいないことは知った。
何を好んで何を嫌うのか、何をしたら喜んで何をしたら怒るのか
徐々に、少しずつ彼を詮索していった。
俺に堕ちればいい、そうは思ったけど
俺のこの感情を背負わせるにはあまりにも可哀想だと思った。
純粋な彼に背負わせるには荷が重いと思うようになった。
だから告白なんてされた時は驚いた。
その時は振り払ってしまったけど_
決めた。
俺はもう二度と手放さないと。
母さんのために優等生であり続けたように
君の理想を演じ続け、添い遂げてみせよう。
考え事をしていたから呼びかけに一瞬気が付かなかった。
その純情な瞳で彼は俺を見た。
運命的な君をさぁ、
逃がさない。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!