ふぅ、と一息ついて家を眺める。十年も前のあの苦く重い思い出が蘇り、少しだけ眉をひそめる。どうしても心のどこかがもやっとして、僕はすぐに目をそらして帰ろうとした。
とノールがかった低い声が耳に木霊する。気分はさらに沈み、その場から離れたいのに足が鉛のように重く動かない。何か言葉を発しなければならないのに喉が渇いたようにこえが出せない。それでも何とか振り絞って声を出してその声の主に返事を出す。
何と言って別れたのか、その時の記憶は一切無い。
”お元気ですか”
芯の強い凛とした文字をじっと見つめる。小綺麗にまとめられた手紙を読み進めていくうちに、祝いの言葉を見つけ心が締め付けられる。
”当日会いに行くことは出来ませんが心からお祝い申し上げます。”
その言葉を見たくはなかった。
そう言い放った時、君は今にも泣き出しそうな顔をして去っていった。あの顔を見るに作戦は成功したのだろう。君の記憶に決して消えることのない傷を作りたい。それが”エーミール”という人間を君に刻み付ける事ができる唯一の方法だから。
隣の家は、静かなままだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!