第10話

ep.9 バンチャン
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2026/02/25 07:00 更新
【過去のはなし】



それは、ヒョンジンと同棲を始めて1ヶ月ほど経ったある日のことだった。


突然家を訪れたマネージャーの男性は、全ての部屋を隅々まで確認したあと怒りを隠そうともせず怒鳴り始めた。

ヒョンジンが時間になってもマンションから降りてこない。もう空港に向かわなきゃいけないのに間に合わない。

彼がこの家のどこにもいないことはもう何度も説明した、それでもその人はまるで私が彼をどこかへ隠したかのように責め立て続けている。
あなた
仕事に行ったと思ってました。私もどこにいるか本当に知らなくて…。
マネージャー
お前の言葉を信じられると思うか?
その人は冷たくそう言い放った。

私の言葉は決して届かない。
覚悟していたことだったのに私の肌は一瞬で凍りついて、喉が締め付けられ苦しい。
一体ヒョンジンはどこに行ってしまったのだろう。

私たちは昨日喧嘩をした。
そして朝目を覚ますと彼はもう家にはいなかった。

仕事に行っただけだと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。
マネージャー
お前はヒョンジンに何をしたんだ。
あなた
何もしていません。私も心配してるんです。
マネージャー
どの口がそんなことを言っている。お前が全ての元凶なんだ。あいつの人生の汚点だ。
マネージャーはその大きな身体で私も目の前まで迫ってくると、大きな声でそう言った。
鼓膜に響いたその声に耳鳴りがして、キリキリと身体中が痛み始める。

同棲を始めてから何度も同じようなことがあった。

その度に強くならなくてはいけないと思うのに、いざとなると思い知らされるのは自分のどうしようもない弱さだった。
バンチャン
ヒョン、落ち着いて下さい。
聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえた。

振り返るとバンチャンが険しい顔をして立っていた。
いつの間に入ってきたのだろうか。
バンチャン
ここにヒョンジンはいません。あなたも知らないと言ってるし、あいつは1人で勝手にどこかに行ったんです。
マネージャー
この女の言うことを信用するのか?こいつはあいつをたぶらかしているただの嘘つきだ。
バンチャンは私とマネージャーの間を遮るように立った。
バンチャン
今はヒョンジニの安否確認を優先しましょう。
マネージャー
まさかその女を庇うわけじゃないだろうな。今こうなっているのはリーダーとしての正しい判断をお前がしなかった結果なんだぞ。
バンチャン
…はい、それは全て僕の責任です。
目に映る風景が一気に色褪せていく気がした。
これが間違いなのだと、責任を取るべきことなのだとバンチャンは認めた。
マネージャー
どうすべきか分かってるんだな?
バンチャン
やるべきことをやらなくてはいけないと思っています。

目の前の大きな背中が歪んで見える。


最後に会った時、バンチャンが許して欲しいと泣きながら懇願していたことを思い出す。

あの嘘はフィリックスを守るためのものだった。彼の行動にはいつだって理由がある。大切なものの為に誰かがしなくてはならないことをしているだけ。


ヒョンジンを探しにいきましょう、バンチャンはそう言ってマネージャーを宥めながら玄関を出て行った。
私は荒らされた部屋の中で1人、ズタズタに引き裂かれた気分で立ちつくていた。
バンチャン
大丈夫か?
いつの間に戻って来たのかバンチャンが私の顔を覗き込んでいた。
あなた
…放っておいて。私のことはいいから。
バンチャン
お前のこと放っておけないよ。
あなた
早くジニを探してそう伝えてあげてよ。
バンチャン
俺はお前たち2人のことが本当に大切なんだ。分かって欲しい。
あなた
じゃぁ、さっさとやるべきことをやったら?

自分でも驚くほどに大きく響いた声に、バンチャンは目を大きく開いた。
あなた
あなたは選ぶしかない。それしか責任の取り方はないんだから。
目の前のこの人を信じてみようと過去に私は決めたことがあった。

それでも甘い期待はいつもこんな風に裏切られるんだ。
バンチャン
お前かヒョンジンか、そんな2択じゃない。他に方法は必ずあると思ってる。
あなた
他に選択肢なんてない…あなたは逃げてるだけだよ。
バンチャン
いや、必ず見つける。本当にお前の幸せを1番に考えてるって信じて欲しい、
あなた
もうやめて!聞きたくない。
バンチャンの口元が歪んだ。

またあの時のように彼が泣き出すんじゃないかと思って私は彼の身体を強く押して、玄関の外まで出した。

そしてすぐにドアに鍵をかけた。
泥棒にでも入られたかのように物が散乱した床に座り込んだ。

残されたのは混乱だった。

彼は何をしにきたのだろう。
会いたくなかった。
会えばいつもこんなことになってしまう。
誰が悪くて聞き分けがなくて我儘を言ってるなんて分からないほど子どもじゃない。

でもオッパの前では私はいつも…。

スマホを取り出して、バンチャン宛の未送信のメッセージを開いた。


『オッパのこと許してる。だからもう気にしないで。』

ずっと伝えようと思っていたこと。
でも送信出来ずに1ヶ月も経ってしまった言葉。

もうこんなメッセージ送る気になれない。
仲直りなんて出来るわけがないだ。
こっちから全て終わらせよう。

そう思っているのに、自分の指はメッセージを削除することを拒んでいた。

彼の嘘に自分は傷ついて、また裏切られる。

繰り返し、繰り返し。何度も同じ目に遭っている。

それでも心の中にあるバンチャンを信じたいという気持ちが消えてくれない。

他の選択肢なんてあるのだろうか。
本当に私の幸せを考えてくれているのだろうか。

馬鹿みたいだ。
膝を抱えながらそんな自分を鼻で笑った。

裏切られたとメソメソと泣く未来の自分の姿は簡単に脳裏に浮かんでくる。

それでもヒーロだと、彼のことをそう信じ続けている心をまだ手放せずにいた。

ーENDー



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