【過去のはなし】
それは、ヒョンジンと同棲を始めて1ヶ月ほど経ったある日のことだった。
突然家を訪れたマネージャーの男性は、全ての部屋を隅々まで確認したあと怒りを隠そうともせず怒鳴り始めた。
ヒョンジンが時間になってもマンションから降りてこない。もう空港に向かわなきゃいけないのに間に合わない。
彼がこの家のどこにもいないことはもう何度も説明した、それでもその人はまるで私が彼をどこかへ隠したかのように責め立て続けている。
その人は冷たくそう言い放った。
私の言葉は決して届かない。
覚悟していたことだったのに私の肌は一瞬で凍りついて、喉が締め付けられ苦しい。
一体ヒョンジンはどこに行ってしまったのだろう。
私たちは昨日喧嘩をした。
そして朝目を覚ますと彼はもう家にはいなかった。
仕事に行っただけだと思っていたけど、そうではなかったみたいだ。
マネージャーはその大きな身体で私も目の前まで迫ってくると、大きな声でそう言った。
鼓膜に響いたその声に耳鳴りがして、キリキリと身体中が痛み始める。
同棲を始めてから何度も同じようなことがあった。
その度に強くならなくてはいけないと思うのに、いざとなると思い知らされるのは自分のどうしようもない弱さだった。
聞き覚えのある声が玄関の方から聞こえた。
振り返るとバンチャンが険しい顔をして立っていた。
いつの間に入ってきたのだろうか。
バンチャンは私とマネージャーの間を遮るように立った。
目に映る風景が一気に色褪せていく気がした。
これが間違いなのだと、責任を取るべきことなのだとバンチャンは認めた。
目の前の大きな背中が歪んで見える。
最後に会った時、バンチャンが許して欲しいと泣きながら懇願していたことを思い出す。
あの嘘はフィリックスを守るためのものだった。彼の行動にはいつだって理由がある。大切なものの為に誰かがしなくてはならないことをしているだけ。
ヒョンジンを探しにいきましょう、バンチャンはそう言ってマネージャーを宥めながら玄関を出て行った。
私は荒らされた部屋の中で1人、ズタズタに引き裂かれた気分で立ちつくていた。
いつの間に戻って来たのかバンチャンが私の顔を覗き込んでいた。
自分でも驚くほどに大きく響いた声に、バンチャンは目を大きく開いた。
目の前のこの人を信じてみようと過去に私は決めたことがあった。
それでも甘い期待はいつもこんな風に裏切られるんだ。
バンチャンの口元が歪んだ。
またあの時のように彼が泣き出すんじゃないかと思って私は彼の身体を強く押して、玄関の外まで出した。
そしてすぐにドアに鍵をかけた。
泥棒にでも入られたかのように物が散乱した床に座り込んだ。
残されたのは混乱だった。
彼は何をしにきたのだろう。
会いたくなかった。
会えばいつもこんなことになってしまう。
誰が悪くて聞き分けがなくて我儘を言ってるなんて分からないほど子どもじゃない。
でもオッパの前では私はいつも…。
スマホを取り出して、バンチャン宛の未送信のメッセージを開いた。
『オッパのこと許してる。だからもう気にしないで。』
ずっと伝えようと思っていたこと。
でも送信出来ずに1ヶ月も経ってしまった言葉。
もうこんなメッセージ送る気になれない。
仲直りなんて出来るわけがないだ。
こっちから全て終わらせよう。
そう思っているのに、自分の指はメッセージを削除することを拒んでいた。
彼の嘘に自分は傷ついて、また裏切られる。
繰り返し、繰り返し。何度も同じ目に遭っている。
それでも心の中にあるバンチャンを信じたいという気持ちが消えてくれない。
他の選択肢なんてあるのだろうか。
本当に私の幸せを考えてくれているのだろうか。
馬鹿みたいだ。
膝を抱えながらそんな自分を鼻で笑った。
裏切られたとメソメソと泣く未来の自分の姿は簡単に脳裏に浮かんでくる。
それでもヒーロだと、彼のことをそう信じ続けている心をまだ手放せずにいた。
ーENDー











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!