第25話

幸せな愛の物語
978
2025/08/17 06:35 更新

TATSUYA,F
 彼との出会いは突然だった。

 俺は戦争が終わるまでの間、戦争に巻き込まれないように身分を隠して精霊の森で守られ生きていた。どうして、俺だったのか、それはわからない。
 ただ、王族の血が滅びぬようにと、それだけのために俺は精霊の森の中で生きていたのだ。

 精霊の森は不思議な場所で、王都の敷地内だというのに何にも干渉されず、本当に精霊がいらっしゃるような、そんな輝きと命に満ちた場所だったのだ。


 その日、俺はいつものように林檎の木の下で眠っていた。草の匂い、土の感触、夏の暑い日差し……どれも今では感じられない自然の感覚だった。それがなんとも俺は好きで、裸足で駆け回っては乳母を困らせた。

 
 朝露に濡れて俺は目を覚ました。夜に電池が切れたように木の根元で眠ってしまうこともまぁ、珍しくないから、朝露で眠りが覚めた時、あぁまたやっちゃったなぁなんて思って、乳母に怒られることを恐れていた。

 だけど、目を開けた時、朝日を後ろにとんでもなく美しいものを見たのだ。

 それこそ、所謂恋物語に出てくるような芽吹きの女神の舞、花の女神のお告げ。目の前で馬に乗ってこちらを見つめていたのは、所謂騎士物語に出てくる騎士様そのもので……。

 時間が止まったような感覚。俺の心は恋の女神たちが舞い踊り歓喜に震えた。

「……こんなところで眠っていたので気になって……大丈夫ですか?」

 馬から降りて俺に手を差し伸べる彼に、俺は思わず後ずさりして、自分の胸に手を置いた。
 不思議そうな顔をした彼に、俺は顔が熱くなるのを感じながら緩んだ口からするすると飾り立てた言葉が流れていった。

「あのっ、時の女神に導かれ、火の神の威光輝く良き日に春の女神が私の前に舞い降りて、水の女神と雷の女神によって私の心が春に塗り替えられ、芽吹きの女神が微笑んだのです。これが私に与えられた最上級の喜びであるならば、花の女神の祝福をお与えください。林檎が熟れて秋の訪れを待つ私に……」

 自分でも何を言っているのかわからなかった。だけど、俺の言葉は止まらなくて、初対面だと言うのに彼への想いがこれでもかと溢れていく。自分でもおかしいと思ったよ。
 この夏に春の訪れを感じて恋に落ち、それが俺に与えられた幸せならばこの恋を実らせてほしいだなんて、直接的ともとれるほどの熱烈な愛の言葉を、彼はどんな想いで聞いていたのか。
 彼は目を丸くした後に、溶けそうなほどの柔らかい笑みを浮かべたのだ。

「……同じことを、言おうとしました。烏滸がましくも芽吹きの女神の訪れを感じたのは私も同じ。私にこそ、春の女神がもたらす祝福を与えてはくれませんか?」

 信じられないと思った。
 だって、彼はなんとも男前で、それでいて愛らしく、そしてまっすぐな火の神のような人だったんだから。
 きっと彼のことを好きになる人なんていくらでもいるだろう。そう思ったけど、彼の目は真剣で、ただ俺だけを映すその目に俺だって嘘はつけなくて。

「……自己紹介が遅れました。火の神の威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを。森の守護者、岩本照と申します」
「……照に心よりの祝福を。俺は深澤辰哉。……この国の王族です」

 彼は一度戸惑ったような目を向けた。俺も戸惑った。だって……彼は森の守護者と名乗った。戦争が終われば城に戻される俺にとっては相反する場所にいる人。
 だけど、彼は迷う素振りも見せずに俺の手を取るのだ。優しく、壊れ物のように。

「……縁結びの女神、いえ、最高神の導きに感謝を。……貴方をお守りする火の神の槍となり、風の女神の盾となり、命の神の剣となり、水の女神がもたらす清き流れのように、土の女神がもたらす安らぎに私がなりましょう」

 ……五柱の大神。彼は俺にとっての全てになると。そう言ってくれている。あぁ、それほどの喜びがどこにあろうか。と俺は彼が握ってくれている手を握り返した。


 そうして、俺たちは毎日のように会っては時の女神の守る時間の中で過ごした。最高神にお目見えしていないのにも関わらず、その時すでに貴族、ひいては王族から離れすぎていた俺は貴族らしい思考なんてとっくに無くて、愛する人の前で心の高鳴りのままに愛のひとときを過ごした。

「照……許されるならば……どうか、俺を……お前の色で染めてほしい」

 そう懇願すると、照の目の奥がギラリと鋭く光った。

「……いいのか? まだ秋も訪れていないというのに。お前の肌に触れていいと。夜の帳に隠していいと?」
「……構わない。お前の土の女神になら望んでなろう」

 そうして授かったのが一つの命。照との愛の結晶に涙が出そうなほど嬉しくて、だけど、照に深入りしていくに連れて俺の中で何か罪悪感のような、それ以上の焦燥感のようなものが迫りきていることをわかっていた。

「……照、あのね……」
「どうした? 何かあったのか?」

 俺は唇を噛みながら、自分の腹に手を置いて意を決して言う。

「実りの女神の祝福が……訪れた、と言ったら、お前はどう思う?」

 照の顔色を伺うように見上げると、照は喜色が浮かんだ笑みを浮かべていた。……喜んでくれた。

 あぁ、これで、俺と照の愛の結晶が残される。俺と照が別れの女神のお導きにより引き剥がされても、照の元には俺の希望が残ってくれる。

 それが何よりうれしいことだった。

プリ小説オーディオドラマ