第26話

崩れゆく哀の物語
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2025/08/18 06:02 更新

TATSUYA,F
 何もかも順調に進んでいた。

 だけど、別れは突然訪れる。

 彼と離れ離れになる最後の夜に俺はようやく彼に対する愛と悲しみを叫ぶことができた。それだけで十分だと思った。
 生まれた息子は照によく似た男の子。誰より美しく俺が育ち、俺達が出会ったあの花園にちなんで花の宝、花宝と名付けた。

 そして、再会もまた突然訪れる。

 元気いっぱいな花宝が2歳になり、俺の手元を離れてよちよち歩くようになった頃の春を寿ぐ宴。そこで照は前とは違う形でやってきた。
 俺も阿部ちゃんも目を丸くしたけど、彼は二年間の間俺の側につこうと必死で努力してここまで来てくれたのだと思ったら不覚にも涙が出そうになった。

 内心、なくしかけていた恋心が帰ってきたように、きゅんと疼く。照との顔合わせ、彼は俺の側近となることが告げられ、その高鳴る想いは溢れていく。
 だけど……彼は愛おしそうな顔を俺に向けた後、突然視界から消えた。……跪いたのだ。俺に。

「雪解けに祝福を。春の女神が大いなる恵みをもたらしますように。……水の女神の清らかな流れによる出会いに祝福を賜らんことを。"お初にお目にかかります"。王国騎士隊の岩本照と申します」

 ……その時、ようやく理解した。彼はもう、俺が愛した頃の彼ではないのだと。二度と、帰れない。二度と……交わってはいけないのだと。
 わかっていたつもりだった。だけど、こんな形で実感するなんて、あまりにも滑稽に思えた。

「……心よりの祝福を与えましょう。水の女神の祝福が、照にもたらされんことを。……"お初にお目にかかります"。私は深澤辰哉。私が、貴方のこれからの主です」

 震える声で、ぎこちない笑みで偽りの仮面をつける。……ちゃんと笑えていただろうか。笑えてなくても構わない。俺の恋はもう戻らない。

 照はそばにいるのに、恋人としての時間は当然ながら認められない。近くにいるのに、遠い。あぁ、生き地獄とはこういうことか、と思わずにはいられなかった。

 だけどね、花宝と照を会わせることはできた。花宝は当然照を父親だとは思っていないけれど、それでも花宝を見つめる照は父親の目をしていたよ。


 そんな生活にも慣れて、これも悪くない。一生会えないだろうと思っていたところに騎士物語の騎士様のように現れて、俺は彼の目を見ることができる。あぁ、なんて幸せなんだろう、とやっと思えるようになったそんな矢先のことだった。
 俺達が本当の生き地獄を知ることになったのは。

 王族だけが集まる会議。俺も一応王族だもんね、そりゃあ参加しなくてはならない。それには護衛騎士である照と側近である阿部ちゃんもついてきていて、いつものように始まって終わるんだろうと適当に流していた時。

「辰哉。其方の側近に関してのことだが」
「……国王、何をお考えですか? 私の側近は私が選んでもいいと」
「あぁ、それは構わないのだがね。だが、その騎士は処分することにしたのだ」
「………………は?」

 思考が停止した。あまりにも唐突に言われた言葉だった。人の命をなんだと思っているのか、軽い口調でなにもないことのように……。
 思わずバッと照を振り向くが、顔を青くして首を押さえて、目を丸くしていたことからも照も知らなかった事実だと知る。
 他の王族たちもざわざわし始め、今この男が思いつきか何かで口にしたのだと思った。

「……そこの騎士は、雪の一族だと言う」
「……雪の、一族……」

 それは、この国王にとっては戎狄と言える存在。俺は知らなかった。照が雪の一族だなんて。

「……そして其方が産んだ子は、その雪の一族の長の子である……岩本照。其方の子であると?」

 吐き気がした。それは誰に向けてのものかもわからない。だけど、生理的に溢れる涙を抑え、思わずその場にうずくまった。
 全部全部、その通りだったから。雪の一族ということは知らなかったが、それでも俺は愛したのだ。国王の戎狄だろうが俺にとっては闇の神。何を引き換えにしても守りたいと思える存在だった。
 えづく俺に阿部ちゃんが真っ先に動き、席を立たせようとした。だけど、俺はその肩に掴まって国王になんとか声を上げる。

「もしも! もしも彼の首に手をかけようとするならば、私とて容赦はいたしません。従兄弟であろうが、私は王族である前に彼の女神。時の女神に祈り機織りの女神の祝福を借りて混沌の女神の訪れを祈ることも容易いものだと覚えておいてください」

 照に手をかけるくらいならば、俺はお前の悪事を全て暴いて歴史を紡ぎ直すために世直しをすることすら厭わない、と言い残して、阿部ちゃんに支えられながら部屋に戻った。
 まともに照と顔を会わせることが叶わないまま、彼はついに追放された。戎狄の烙印を押された花宝は牢獄へと収監され、俺は離宮に隔離された。

 ……あぁ、なんて俺は馬鹿なんだろう。なぜ俺は愛しい人を幸せにしてやることもできず、絶望ばかりを与え、愛されるばかりでその愛を返すこともできないなんて。

 照、どうして黙ってた? どうして自分が戎狄であると言わなかった? 俺のことが信用できなかったのか?

 戎狄だろうがなんだろうが構わなかったよ。俺はお前に恋をして愛したのだから。

 そんな言葉も、もう出ないまま。どこにも吐けないまま。

 そうして時は過ぎた。

 時を忘れたように、時間に取り残されたような酷い拷問のような時をひたすらに……。

 
「……ふっか」
「阿部ちゃん……一個だけ、言っていい?」
「うん、なぁに?」
「……照に、会いたい。……会いたいよ……」

 顔を歪める阿部ちゃんを前にして、俺も我慢できなくなった想いを吐露する。でも、ここにいる誰も、その想いの涙を拭ってくれる人はいなかった。

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