第28話

幸せという宝物
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2025/08/19 01:49 更新

RYOHEI,A
 俺と彼の間にはそんなに強固な絆があるわけではない。出会った時も、翔太や舘さんの方が早いし、同じ時を共有するようになったのもここ数年の話。でも、それでも、俺が彼に命を捧げても構わないと思うのには、やっぱり"共感"っていうものがあるからなのかな。

 一日、一時間、一分……命のカウントダウンが迫っている。俺と、彼は、一緒に命が終わる。いや、彼の方が一足先に逝くことになるのか。

 彼……ふっかは、宣告があった前と変わらず、窓辺に腰掛けて空を駆ける鳥を見つめていた。

「時の中に閉じた薔薇は……枯れずに咲き続ける……♪」

 時々そう口ずさんでいるけど、まるでもう先に死んでしまったような、いや、心が死んだようなそんな顔。
 ……俺も、きっと周りからみたらそう見えるんだろう。死を待つだけの時間がこれほど穏やかだとは思わなかった。


 俺が佐久間の命と引き換えに自由を失ってしばらくは誰にも仕えずに城で仕事をしていた。そんな時、突然王族の側近に取り立てられたのだ。

 貴族ならば、誰だって王族との繋がりを望むだろう。それなのに、わざわざ王に歯向かった俺が側近に取り立てられた。どうして俺が取り立てられたのか、意図が掴めなくて喜ぶより先に疑心暗鬼になった。

「風の女神の守る実りの日、神々のお導きによる出会いに祝福を祈ることをお許しください」
「……許します」
「風の女神よ新しき主に祝福を。お初にお目にかかります。阿部亮平と申します。貴方にお仕えできますこと光栄に存じます」
「よろしくね。私は深澤辰哉。これから貴方の主です」

 光りを灯さない目。この方が一児の母だと聞いたときには驚いたが、確かに美しく清らかそうな方で、引く手数多だろうと思った。
 しばらくふっかは俺に心を開いてくれなかったが、照が来てから変わった。なんていうか……雰囲気が随分柔らかくなった。俺も少し仕えやすくなった。
 そして、なんとなく悟った。照がご子息……花宝の父親であることを。

「阿部ちゃん、気づいてる?」
「え?」
「……俺と照の関係」
「……それとなくは……」
「いいよ。別に敬語じゃなくて。でも、これからを生きていく花宝のためにも誰にも言わないで」
「存じております。あ……わかった」

 主と、友人のような関係を持ったのは初めてだった。俺は生まれの身分が高くない。貴族とはいえどもただの中級貴族。だから、見下されてばかりだった。……ふっかがどの王族とも異色であるところ、翔太や舘さんに通づるものを見つけた。

 照が追放されたあともふっかは俺の前で泣くことはなく、気丈に振る舞っていた。俺も、それに気づかない振りをして、ふっかの強さに甘えていた。

「……花宝が……死んだ……?」
「……っ」
「……どうっして……っ」

 ふっかだって、わかっていた。だけど、どこか夢のようなものを打ち砕かれたような感覚がした。主の喜びこそ側近の誉れ、主の悲しみは側近の絶望。……花宝は等しく俺にとってもふっかにとっても希望だったのだ。

「……花宝……っ照……」

 決壊したように泣いて、崩れて、全てを奪われても尚生きることを強要される理由が俺にはわからなかった。国王は何をしようとしているのか。ふっかがここにいることでいつか照が迎えに来るのを返り討ちにしようと企んでいるのかもしれない。国王の考えそうなことを俺だって考え抜いた。

 ……だけど、結論は出なかった。ふっかは処刑される。なぜだかはわからないが、国王にとって価値がなくなったのだろう。……ふっかは、何もしてないのに。

「……阿部ちゃん、最後にでも佐久間に会いに行ったら?」
「え……」
「最後くらい、許される。きっと。……後悔ないようにしてほしい。阿部ちゃんは阿部ちゃんのやりたいことをやれば良い」

 ふっかはきっと何か勘違いをしている。
 俺がふっかに仕えることを不幸だと勘違いしている。ふっかが俺を縛っていると。そう思っているんだと思う。それほどまでに底しれぬ愛情と優しさを持っている人だもの。

 でもね、違うんだよ。俺はふっかに仕えられてよかった。貴方は俺の尊厳を傷つけることはなかった。最後に仕える人がこんな人でよかったと俺は心から思っているんだよ。
 与えられた場所で与えられた役割で、俺は生きてきた。一つ、手を伸ばして手に入れたのは愛情と悲しみ。泥の中から咲き誇る清らかで美しい花。そうであれば、俺自身が泥の中に飲まれることさえ惜しくはない。

 そうしたら、きっと今度は彼と同じ花に生まれてこれる。そんな気がする。

「……ふっか。馬鹿だなぁ。俺は最後までふっかのそばにいるよ。それが俺の役目で、場所だからね」
「……阿部ちゃん」
「ふっか、俺はね、幸せだったよ。この人生、悔いなんてないんだよ。ふっかに出会えたこと、佐久間に出会えたこと、皆に出会えたこと。そして、愛と喜びと、苦しみを知ったこと……全部、俺の宝物」
「……そうだね。俺も、そうだ。……照に出会えたこと、大地の匂い、草の匂い、水の冷たさ、土の感触……愛する喜びと、苦しさと、我が子への愛おしさ……知れた分だけ幸せがあった」

 きっと、最高神は導いてくださるだろう。俺達を、終わりと始まりの場所へ。

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