血圧の低い店長は、雨の日がひどく苦手だ。
天井のあるこの街には、天候なんてまるで関係ないように思える。
けど、青い顔をした店主の曰く、気圧の高低差は地下にいる方がよく分かる……らしい。
うーん、あたしが鈍感なのかな。
あたしの声が反響するのか、店主はうんざりしたように耳を塞ぐ。
脂と酒の匂いのする、埃っぽい地下街の外気を遮断した。
トタンのシャッターを閉めるあたしの視界の端で、店主がザラザラと錠剤を飲み下す。
店主は心底面倒そうに肩をすくめた。どこからともなく取り出した中華風の扇子を開き、口元を覆う。
ふらふらと壁に手を付きながら進む店主を、扉の向こうに消えるまで見届ける。
細い身体が不規則に揺れていた。頼りない大人だ、と思った。
締め切ったシャッターの向こうから、まばらに足音が聞こえる。
店主の纏うスパイスの香りが無くなれば、客間は思っていたよりも広くて寒々しい。
主の居なくなった部屋は、どこか寂しそうに家鳴りを続けている。
孤独な午前の匂いがした。
沈黙とか、静謐とか、そういうの好きじゃない。
だから大声をあげて伸びをした。さっきまでの孤独感は、一度にどこかへ消え飛ぶ。
勝った。
何に、なのかは分からないけれど、子供らしい稚拙な征服感と非日常感があたしを高揚させた。
ふふふ、一人でにやにやと笑う。
背後から声を掛けられ、その場に尻餅をつく。
振り返った先には若葉色のおさげ髪。不意に安心して、あたし何やってたんだろ、と力が抜けた。
カリーヌはませた仕草で腕を組み、小姑のように鼻を鳴らしてみせる。
かと思えば、次の瞬間には期待でいっぱいの笑顔をこちらに向けてきた。
あたしは思わず口ごもって、煮え切らない返事で場を濁した。
恐ろしい予感だった。
店主はプーペに隠し事をしているのかもしれない。もしこの仮説が合っていたら、それは、まるで--
カリーヌの上擦った声に、強制的に意識を引き戻された。
ああ、そういうこと。
寂しがり屋のカリーヌは、それでいて理屈っぽい。
こんな下手な口実でも付けないと、お雇い店員のひとりも部屋に招けないのだ。
嬉しそうに大きく身を乗り出した後、カリーヌは慌てたように身を引き咳払いをした。
何度も振り返ってあたしに釘を刺しながら、カリーヌはランタンを持って出て行った。
予期せぬお茶の会に招かれたことで、あたしの心はすっかり浮き立っていた。
どんなお茶菓子が出るかな、あの子たち元気かな……あ、お土産も包んで行かないと。
市で買った筆付きの色鉛筆を薄紙で包む。
オーガンジーのような藍色の重なりに思い出したのは、あの瓜二つの双子のプーペだった。
アルバムの写真で見た事があるだけで、一度も会った事はない。きっと早く寝るプーペなのだろう。
件のアルバムを開き、ページをめくって探していく。
色のあせた写真のページで手を止める。
民族衣装に身を包む、藍色の髪のよく似たプーペが二体、ロココ調の長椅子に座っていた。
この子たちの名前は--
そうだ。ララと、ローラ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!