急に目の前に現れた建物を呆然と見つめていた私は、
右腕につけていた腕時計の針の音で我に返った。
足元にまで木の板が敷かれていることにようやく気付く。
どうして今まで気が付かなかったのだろう。私が少し怖い。
取り敢えず、何か余計な事を考える前に入ってしまおう。
私は緊張しながら扉に触れ、ぐっと押した。
あれ…中々開かない。どうしてだろう。
もしかして、選ばれる必要があるとか_
誰かの声が聞こえたとき、私は扉にぶつかって尻餅をついた。
…どうやら引き戸だったみたいだ。
扉を開けた女性は焦り気味に私に声をかける。
秋宵。国語の教科書に載っていた熟語だ。意味は漢字そのままで、
「秋の夜」とか「秋の宵」とかだった気がする。
人名に使われる印象はないけれど、「秋宵さん」のオレンジがかった
茶色の髪と合っていて良い名前なのかもしれない。
秋宵さんはそのまま私をお店の中に案内してくれた。
初めに見えたのは、向かいの位置に置かれたソファと間にある机。
それより向こうには肩ほどの高さのパーテーションがあって
その先は上手く見えなかった。
座るよう促されて私は浅めにソファに座る。
見た目とは違ってかなり柔らかい。質感は家のベッドに似ていた。
なんとなく秋宵さんの質問に答えていたら、不意に男性の声が聞こえた。
私の言葉を確かめているようだから、店側の人かもしれない。
そういえばホームページに店員は2人と書いてあったかもしれない、と
思いながら手元から視線を外して声のした方を見た。
細い目、整った黒髪。どこかの小説に出てきそうな見た目だ。
この場に私がいていいのだろうか。
柳さんがそう言うと、一瞬場が静まり返った。
確かに机に置いてある時計が0時9分を指していた。
秋宵さんの明るさで忘れそうになっていたけれど、
助けてもらうためにここに来たんだった。
柳さん達を完全に信用した訳じゃないけれど、
あの事を話す練習はしてきた。
偏差値ギリギリで合格した高校での生活は、始めからかなり苦痛だった。
元々の人見知りに緊張も加わって誰にも話しかけることができなかったし、
誰かに話しかけられることもなかったから友達0人のスタートダッシュ。
少し離れている目や低い鼻、口元にある大きなほくろの事を考えると
第一印象は最悪だろうから仕方のないことなのかもしれない。
クラスでは名前を覚えられているだけの「そこにいる人間」のような
立場になりがちで、悪目立ちしかしない、その時だけ思い出される。
お母さんには友達ができたと嘘をついた。
それからしばらくは1人で必死に追いつこうと勉強をするだけの日が続いた。
でも、そんな毎日は急に終わった。
誰かと絶対に関わることになってしまう地獄のくじ引き。
ドキドキしながらも、選んでも意味がないので目立たないように
さっさと引いて席に戻る。
人気者の「白波瀬さん」と修学旅行で同じ班になった、その日から。
















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。