絶体絶命の中、ルドルフは朦朧とした意識で、少年の笑顔が脳裏をよぎった。
「兄ちゃん!」そう呼ぶ声と共に、ルドルフに無邪気な笑顔を浮かべる。まだルドルフに火を操る力が発現していない、幼い時のこと。
あの日、隣で笑っていた弟の記憶______
クルエルはルドルフへ剣を突き立てて向かう。
ルドルフは俯いていた。
エスタはその光景を見て嫌だと叫びそうになる。
その瞬間、ルドルフは顔を開けて笑みを浮かべる。その目には光が宿り、まるでこの状況を待っていたようだった。
今まで見た事のない勝ちを確信した笑顔に、エスタとクルエルは目を見開く。
小さく呟き、ルドルフが掌を握り締め、再び勢いよく手を開く、爆ぜるような炎が掌から噴き上がる。
黄金の火柱は空高く舞い上がり、渦を描きながら一つの命を宿すように形を変えていく。
それは、狼を模っていた。
炎でできた狼は、咆哮を上げるように顎を開き、煌めく火の粉を散らしながら勢いよく駆け出す。
轟音とともに炎が弾ける。クルエルは焦燥感に駆られ、エリュアやネヴィスの能力である《影》でできたリボンや狼を出現させるが、悉く焼き払っていく。
炎で形作られた巨大な狼は、低く唸り声を上げ、燃え盛る牙を剥く。
初めて顔を歪ませる。
先ほどの余裕の笑みは一転して、絶望と焦燥の色を映し出した。炎の燃えるような低い音は、まるで地響きのようであり、狼の唸り声のようにも聞こえる。
炎で模られた狼は、なおも勢いを失わず、そのままクルエルへと喰らいついた。爆ぜる炎が《影》を焼き、熱風が廃墟を吹き抜ける。
クルエルは《影》を剣から盾に変え、自分の身を守ろうとするが、その衝撃に大きく吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。
木は大きな音を立てて倒れていった。ルドルフは集中力を極限に研ぎ澄まし、森を燃やすことなく大き炎を操り、クルエルを一気に追い込んだ。
そのままクルエルは気を失った。
ルドルフの最期の手段であり、苦肉の策でもある。正面から戦っても勝てない。ならば、油断させて引き込み、そこで炎で押し返す。
単純で、確実に逆転できる唯一の方法。
エスタは重圧感から解放されて、すぐにルドルフのもとへ駆け寄ろうとする。
ルドルフの肌は青白くなり、本格的に意識が朦朧としてきている。先ほどの炎の狼で少しずつ保っていた体力も気力も、何もかも、全て使い果たしてしまった。
エスタはクルエルはどうなったのか、警戒する間もなく、地面がや歪んで見えるほどの不安を抱えながら、ルドルフの方へ全力で駆け寄る。
後もう少しでルドルフのそばに辿り着く。
倒れる前に間に合えと、強く願った。
ルドルフ……古高地ドイツ語の「Hrodulf」に由来し、「名声(Hrôdh)」と「狼(olf)」を組み合わせた「高名な狼」という意味を持つ













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!