部活動も終わりに差し掛かってきたそのとき、爽上先生は楽譜を見つつその意味を探していた。
完璧とも言える書き込み、他のパートへの配慮も記されていて、もはや顧問になって欲しいとまで願う。
楽譜を藤天に返した。
だけど、彼はまだ立ったまま、微笑みながら言葉を紡いだ。
曖昧な返事を返して立ち上がる。
音楽室の出口に向かうが、藤天の声で足は止まった。
言い切るようなその口調、俺は思わず振り返る。
彼はいつも笑っている。
そのいつも通りの顔を見て、俺は心から安心した。
まさか、教師と生徒が同居だなんて、学校側にバレたらめんどくさくなる。
だが、どういうことだろう。
この会話で、彼は何を感じたんだろう。
昼休みといい、今といい、なんかバレてそうな気がする...
相談案件だ。
爽上先生が音楽室から出て行って、残った姿はただ一人。
誰にも聞こえるはずない声で、静かに手を振り呟くのだった。
急いで車に乗り込んだ。
仕事を家でやるために、パソコンを取りに職員室に向かった。
そして、パソコンを回収し何事もなく家に帰るはずだったのだが...
逢倉先生から思優がいないとの情報を聞いた。
杉原も居ないらしいが、部室の机に体調が悪いので帰ります、とのメモ書きがあったらしい。
問題は....
家のドアを勢いよく開けてリビングに向かう。
もちろんリビングには人影なんてものは無い、そして思優の自室に向かう。
鍵がかかっていた。
返事が無い。
ドアを蹴破ろうかと悩んだが、そんな考えいらなかったみたいだ。
玄関の方に急いで駆け寄る。
勢いよく肩を掴んでは何してたんだよと問い詰めるのだが、するりと交わされリビングまで歩いていく。
夕飯までは関わることはほとんどない。
お互いのプライバシーは守り、知られたくないことは元々共有していた。
そして、思優が提示したもの、それは「部屋の中には入らない」こと。
緊急事態は仕方ない。
こないだ、思優が寝ていないと分かり、体調がやばそうだったので俺も思優の部屋に入ることになった。
だが、思優がわざわざ条件に提示するほど、部屋の中に変な物は無かったはずだ。
根本的な問題を思い返して、夕飯の時間を待っていた。
思ったよりも、呼ばれる時間が早かった。
無言でそのまま食べ続ける。
いつも思優の料理は美味しい。
なぜこんなにも、凝ったものが作れるのかと疑問になるほど。
でも、聞くまでもなかった。
そして、食べ終わったら思優はゲームに移った。
単純作業を繰り返すゲーム、どうやら考え事をするみたいだ。
ジュースを飲みつつ、その画面に注目する。
嫌というほど、見慣れたゲームだ
ふと、机の上の思優のスマホが目に入った。
ゲームに夢中...いや、考えに夢中になっている思優に気づく素振りなんてものはない。
一つの通知音。
俺にしか気がついていない事実。
仕方ないほど、目に入る。
"おい、今度はこっちに協力してくれ。"
"早く寝ろ。...顧問の気持ちも考えろよ。"
誰かなんて、一目瞭然で。
少し視線を逸らしてまた戻る。
仕方ないから届けてあげることにした。
思わず落としそうになった。
だが、それ以上に気になるのは、思優が自分から話そうとしてくれたことだ。
*
幼稚園の頃、もう記憶も浅はかな時代。
俺らはとある場所で出会った。
今日杉原先輩と行った場所、何の変哲もない川の前だ。
一人で静かに泣いていた。
幼少期の俺は、そんなことが日常だった。
まだ日が出てない明け方、まだ真っ暗な夜道に一人、俺の前で止まる影があったんだ。
幼いながらの俺は、なんて酷いやつなんだって思った。
何も笑わないし、ただその場に立っているだけ。
早く帰って時間を有意義に使ってみろ...そんなことすら脳裏によぎって。
でも、全てを考えることが出来ないほど、俺の思考は浅すぎたんだ。
青鷺思優は、丁寧にお辞儀した。
相手の目を見て、微笑みながら。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!