第5話

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2025/06/15 07:50 更新

「やっと終わった……」




最後の講義が終わり、シャオジュンは伸びをしながら荷物をまとめた。隣で同じように鞄を肩にかけていたヤンヤンが、ちらりと横目で見ながらニヤリと笑う。






「じゃ、行こっか。“チャーシューの壁”とご対面しに。」




「ネーミングセンスださくね?」






「いやだって、あのサイズ、もはや壁でしょ?写真見た?」




「見たけどさ、もっと他にあるじゃん。例えばナイアガラのチャーシューとか」




「いや、シャオジュン、そっちの方が100億倍ダサいわ」





ふたりは大学を出て、夕焼けに照らされた歩道を歩き始める。目指すは、最近オープンしたばかりのラーメン屋。話題の“分厚いチャーシュー”が売りで、SNSでちょっとした話題を起こしている店だった。




店に到着した頃、外にはまだ明かりの余韻が残っていて、ガラス越しに見える厨房では店員たちが元気よく動いている。






ふたりは券売機でそれぞれ注文を済ませてカウンター席へ。数分後、湯気とともに運ばれてきたラーメンを見たシャオジュンは、思わず目を見開いた。




「……でか!」




「でしょ?言ったじゃん、“壁”だって。」





「チャーシューの厚み、指3本分くらいあるよこれ……」




「もはや肉の塊って感じだよね、最高じゃん」





ふたりはスープを一口すすり、黙ってしばらくラーメンに集中した。喉に染みるような濃厚な味。脂身とのバランスもよく、厚切りチャーシューもホロホロと崩れるほど柔らかい。






「うま……」とシャオジュンがぽつり呟くと、
ヤンヤンが どや顔で頷いた。






「でしょ?俺が見つけたんだよ、感謝して?」







「はいはい、ありがとありがと」







ラーメンを平らげたあと、ふたりはそのまま近くのゲーセンへ足を運んだ。ガラス張りの自動ドアを抜けると、眩いネオンと電子音が迎えてくれる。





「プリクラ撮る?」とヤンヤンが冗談っぽく言えば、




「意外とアリ。ネタになるし」



と、ヤンヤンもシャオジュンもノリノリで撮影ブースに入り、変顔したり、顔を寄せ合ったり、まるで高校生のようなテンションで盛り上がる。




完成したプリは、背景ピンク、デコ盛り、落書きまみれ。派手すぎて笑いが止まらない。








「テンに送るか」





「絶対笑うじゃん」







そして、勢いのままテンに送信すると、数秒後すぐに既読がついた。










『え~~~~!?!?!?!?!?!?!?!?2人だけズルい!!なんでテンのこと誘ってくれなかったの~~~~!!!!』




シャオジュンはふっと笑ってスマホを打つ。






「いや、昨日“全休だから彼氏とデート♡”って言ってたじゃん」







すると、テンからはすかさず返事が来た。







『それは夕方までって話しなの~!!バイトまで時間あったからテンも行けたのに!!』








メッセージの末尾には泣き顔と怒りマークの絵文字が並んでいて、テンの声が聞こえてきそうなほど。





既読がつくたびに続くテンの猛抗議に、二人はスマホを見ながら笑った。






「ふふ……テン、拗ねてる」




「俺達のテン姫、お怒りのご様子ですよ~、シャオジュンさん」






「まぁ、しょうがないっしょ……テンのスケジュールまで把握してないし」








そう返しながらも、シャオジュンはどこか申し訳なさそうに肩をすくめる。







すると、ヤンヤンがふいに立ち止まり、いたずらっぽい笑みを浮かべた。







「んじゃさ……テン様のご機嫌直しに、今から2人で“例のバイト先”行ってみる?」






「……は?」








シャオジュンの足が止まる。あの店——バニーの衣装を着て、女の子として働いている場所。まさか、客として行くなんて考えもしなかった。











「いや、ちょ、お前正気?俺あそこで働いてるんだぞ?バレたらどうすんの……!」













「だ〜いじょぶ。今日の格好、どう見ても男。帽子深く被って、マスクしてさ。完全防備すれば誰にも気づかれないって」









シャオジュンは一瞬、迷った。けれど……テンがどんな顔するかを思うと、なんだかちょっと面白くなってきた。












「……まぁ、帽子とマスクでいけるか。今日スッピンだし、服も完全に男モードだしな。ちょっと新鮮かも」







「そうそう、いつもと逆の立場ってやつ?」








シャオジュンが小さく頷くと、ヤンヤンはすかさずスマホを開いてグループチャットにメッセージを打った。









『そんなお怒りのテン様にサプライズ。今から2人でそのバイト先遊びに行くわ』








既読がつくのも一瞬。テンから返ってきた反応は、予想通りの大はしゃぎだった。






『えええ!来て来て来て〜〜!!!楽しみにしてる〜!!!』






『シャオジュンが普段の格好で友達と来るって、マスターに一応伝えとくね!それと、シャオジュン自身も気をつけてねっ♡』








そのメッセージを見ながら、シャオジュンは苦笑しつつ帽子を深く被った。マスクも装着して、顔の大半が隠れる。










「……お前、完全に不審者じゃん」



ヤンヤンが横から覗き込んで、笑いながら言った。






「やかましい。お前が提案したんだろ!...でも、これだけは絶対に約束して」






シャオジュンは立ち止まり、ヤンヤンの方をまっすぐに見る。





「店の中で、絶対に“シャオ”とか“シャオジュン”って名前で呼ぶなよ。バレたら俺の人生マジで終わるから」





「はーいはい。お前、お前、って呼べばいいんでしょ?」




「うん。ヤンヤンの得意分野でしょ、演技。頼んだぞ」







「任せといて。不審者さん」






「お前ってやつは...」









そんな軽口を叩き合いながら、2人は駅へと向かって歩き出す。いつもとは違う客としての“バニーの世界”。










──電車の揺れが静かに身体を揺らす。ガタン、ゴトンと規則正しいリズムが座席越しに伝わってくるなかで、シャオジュンは窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めていた。





ヤンヤンが隣でスマホをいじる指を止め、「着いた」と静かに言う。2人は駅の改札を抜けると、夕暮れに染まる街の喧騒へと足を踏み出した。




ほんの詫びの気持ちで、テンの好きなチョコレート系のスイーツを途中のパティスリーで選んだ。




ヤンヤンが「こういうの、意外とテン喜ぶんだよな」と言えば、シャオジュンは「まぁ…詫びも兼ねてね」
とぼそりと呟く。






日が落ちた頃の繁華街は人々で賑わっている。

居酒屋の呼び込み、路上ライブの音、
香ばしい屋台の匂い。そんなざわめきの中を、

2人はすり抜けるように歩いた。











角を曲がった先──ひときわ目を引くネオンサインがふたりを迎える。




“Bunny’s Club”







明滅するピンクゴールドの光に、シャオジュンは一瞬、無意識に足を止めてしまった。






「……本当に入るのか、これ」



「今さらビビるなよ、不審者さん。帽子もマスクもあるし、今日は男モードでしょ」





ヤンヤンが軽く肩を叩く。深呼吸一つ、そしてもう一つ。シャオジュンは頷いて、重い扉に手をかけた。







店内に一歩足を踏み入れると、

どこか別世界のような甘い香りと柔らかな照明が出迎えた。音楽はうるさすぎず、けれど会話を邪魔しない程度に心地よく響いている。

レースと光沢のあるカーテンに囲まれた空間は、まさに非日常だった。









「あっ、2人とも!待ってたよ~!」








テンが奥のカウンターから顔を覗かせ、
笑顔で駆け寄ってくる。シャオジュンは、
テンのバニーガール姿は見慣れているはずなのに、
改めて客として目の前に現れると、やはり視線の置き場に困る。







「ねぇねぇ聞いて!マスターが『特別サービス』だって。今日はチャージもドリンクもタダだってさ、よかったね!」


テンが耳元でそっと囁く。
シャオジュンは「マスター、太っ腹だぁ...」と呟き、
ヤンヤンは少し目を輝かせ「マジか、ラッキー」と一言。





テンに「ここなら少しは落ち着くし安心でしょ?」と、店の端にある、奥まったソファー席へと通される。
クッションの沈みが心地よい。ヤンヤンはその非日常な空間に感嘆の息を漏らし、

「……すげー。思ってたよりちゃんとしてる」と呟いた。





シャオジュンはというと、帽子をさらに深く下げ、姿勢も妙に小さくなっている。




「そんなにビクビクしてると逆に怪しいってば」と、テンが小声で笑いながら囁く。


「堂々としてれば、誰も気づかないのに」






──そうは言っても、やっぱり落ち着かない。






「お酒飲んだら緊張解れるでしょ、作ってくるからちょっと待ってて~」とテンは一瞬席を外し、

テーブルにはすぐにドリンクが運ばれた。
テンはチャイナブルー、シャオジュンはジン、


そしてヤンヤンの前には琥珀色のバーボンが。








「強くない? それ」


シャオジュンが問えば、ヤンヤンはグラスを軽く傾けて


「大丈夫、慣れてる」とだけ返す。






























ふんわりと照明が落ちた店内、グラスの中で氷が静かに揺れる音が、心地よいBGMとともに響いていた。チャイナブルーの澄んだ青が照明を映して、テンのグラスに幻想的な光を宿している。



「今日ね、テン、彼氏と映画行ってきたの〜!」



テンが楽しげに声を弾ませ、
グラスを少し掲げて話し始めた。
既に何杯か飲んだおかげで酔いがまわり始めているのか、頬はほんのり赤く、目元の笑みがいつもより柔らかい。





「感動系の恋愛映画でさ、.....なんか大人なデートって感じだった〜。ポップコーンシェアしながら映画そっちのけで……ふふ、秘密♡」






シャオジュンは苦笑いを浮かべつつ、お酒を口に含んだまま笑いをこらえた。





「はいはい、惚気はもう十分……っていうか、そんなに昼間楽しんでたなら俺達のプリクラであんな不機嫌ならなくて良くない?」


ヤンヤンは惚気話にウンザリしたのか、テンをジト目で睨む。





「あれはあれ、これはこれ!テンだって参加したかったんだもん〜。2人で遊びに行くなんてズルい!」







「言い出しっぺはヤンヤンだけどね」シャオジュンが、グラスを傾けながらちらりと隣を見た。






「てかさ、今日の昼間学校でヤンヤン、女の子に声かけられたんだよ」



テンがぐっと乗り出す。
「えっ、何それ!?どういうこと?!詳しく!」




ヤンヤンは一瞬だけ眉を動かし、グラスをくるりと回した。





「……ああ、あれ?インスタ聞かれただけじゃん」




「だけって!その子、めっちゃ顔赤くしてたじゃん。『ずっと前から気になってて…』って、めっちゃ勇気振り絞ってたよ?」





シャオジュンが身振り手振りを交えながらその時の様子を再現するように話すと、テンが思わず手を叩いて笑った。





「それで?それで?ヤンヤン、どう返したの?」



テンの問いにヤンヤンは少しだけ間を置いて、面倒くさそうに言った。




「……『別にいいけど』って」




「やっっっっっっっば!冷たっ!!」


テンが爆笑しながらグラスをテーブルに置いた。





「だって興味無いし」と、ヤンヤンがぼそりとつぶやく。










その後も会話は弾み、
酔いのせいか、話のテンポがだんだんとゆるく、柔らかくなっていく。テンの目は潤んだようにキラキラしていて、シャオジュンは少しだけ気を抜いた表情でソファにもたれた。ヤンヤンも、普段のどこか緊張を含んだ目つきがわずかに和らいで見える。





「あーあ、ほんと楽しい。テン、2人に会えて元気出た〜」




「こっちは、テンの彼氏の惚気聞かされてテンション下がったけどな……」




「なにそれ〜。ヤンヤン、照れてるくせに〜」とテンがまた笑う。ガラス越しに響く、氷の音。






3人の時間は、確かにゆっくりと、穏やかに流れていた。酔いと笑いが交じり合う夜のはじまり。

それは、いつもの日常からほんの少しはみ出した、特別なひとときだった。

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